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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第1章
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06 あなたなのです

 どかどかと乱暴な足取りに、部屋に待機していた使用人は身をすくませた。明らかに、主人の機嫌が悪いことが判るからだ。

 もっとも、この主人は使用人に暴力を振るったりはしない。暴言を吐くこともない。彼にとって使用人など言うなりになる自動人形のようなものだからだ。

 だが自動人形の方では、大いに気を遣う。小さな失敗も許されない相手だ。主人が直接罰を与えることはないが、その代わり、使用人頭に知られれば減給や解雇に繋がる。いや、それならまだましな方だろう。近頃はとんとないが、過去には鞭打ちや投獄もあったと言うのだから。

「酒だ!」

 短い命令が発された。使用人は飛び上がって支度にかかる。主人の気に入りの玻璃杯と、このところ減る速度の速いアスト酒の瓶が収められている棚に慌てて向かった。

「待ちなさい」

 しかし、それを制する声がする。

「酒はあとにしていただきたい、殿下」

「俺に命令するか」

 レヴラールはじろりと、彼のあとから入ってきた人物に目をやった。

「キンロップ」

「行きすぎた飲酒は健康を害します。神に仕える者として、またナイリアン国を愛する者として、お若い殿下を酒がなければ何もできないような中毒患者にはしたくありませんな」

「そこまで溺れる気はない」

「中毒患者はみんなそう言うんです」

 祭司長カーザナ・キンロップはぴしゃりとやった。

「もとより、私は『お話を』と申し上げた。明瞭な頭をした殿下とです」

 痩せた顔が厳しい表情を作る様子は、気の弱い者ならそれだけで謝罪をしてしまいそうだった。だがレヴラールは平然としたものだ。

「少量の酒くらいで酔いはせん」

「酔漢はみんなそう言います」

 キンロップは繰り返し、レヴラールは父親ほどの相手をまた睨んだ。祭司長は使用人と違い、王子の機嫌などものともせずに睨み返す。

「お話をと申し上げました」

「判っている」

 レヴラールは目を逸らした。

「仕方ない。酒はあとだ。下がれ」

 命じられた使用人は内心でほっとしたが、それを面には出さず、丁重に礼をして粛々と部屋を出て行った。

「それで、何の話だ?」

 どかっと長椅子に座り込み、王子は祭司長に訪ねた。

「説教なら聞かんぞ」

「聞いていただきます」

 キンロップは特に許可も求めず、その向かいに腰を下ろした。

「――あの触れは、どういうことですか」

「どうもこうもない。ジョリス・オードナーから白光位と騎士位を剥奪。理由は王家の宝を盗んで逃亡したため。非常に明瞭な内容が書かれていたはずだが」

「内容が理解できないとは言っておりません」

 キンロップは当然の言葉を返した。

「何故、これほど性急にその触れを国中へ回されたのです。私は聞いておりませんでしたぞ」

「俺が決めた。コルシェントが父上から許可を得た。そのあとでお前の許可が必要なのか?」

 皮肉を込めてレヴラールは言った。

「お前とコルシェントが父上を傀儡同然にしていることは判っている。だがこの国で最も強いのは、それでも父上の署名だ。違うか?」

「無論、違いません。お言葉の前半には異議もありますが、お聞き入れ下さるとは思えませんので控えましょう」

「建前は要らぬ、本音で話せ、キンロップ」

 少し笑って王子は手を振った。

「父上は、俺の祖父たる前王、自らの父親のようにはなるまいと思った。無能な宮廷魔術師と祭司長に引っかき回され、国力を低下させていった祖父のようにはなるまいと。そして優秀なお前たちふたりを採用し、近隣とも巧くやって名ばかりではない実たる強国ナイリアンを取り戻したが、やはりお前たちに引っかき回されている」

 レヴラールは肩をすくめた。

「お前たちは本当に優秀だからな。父上はやることがない。お前たちが競い合って出した案に署名するだけの」

 くすりと彼は笑った。

「自動人形のようなものだ」

「そのようなことはございません。私どもは確かに様々な提案をいたしますが、お決めになるのは王陛下で」

「建前は要らぬと言った」

 レヴラールはキンロップの言を遮った。

「俺は、それでもかまわぬと思っている。実際、お前たちの考えが国を支えているのだからな。何も成せずに食いつぶすばかりだった前職どもを思えば、多少私利私欲に走ったところで目をつぶってやってもいい」

「殿下」

 キンロップは顔をしかめた。

「私は神に仕える身です。自らの利益などは求めません」

「ほう。つまり、コルシェントは判らんと言いたいのか?」

「彼と競い合う形になるのも事実です。ですが理由もなく貶めはしない」

「ご立派だ」

 ぱち、ぱち、とレヴラールは手を叩いた。

「まるで騎士だな、キンロップ。その割にはジョリスとはそりが合わなかったようだが」

「オードナー殿はまっすぐすぎた」

 少し息を吐いて祭司長は哀悼の仕草をした。

「私とて彼を嫌っていた訳ではない。宮廷に上がり、様々なものを目にしても変わらず高潔にいられた精神には感嘆させられた。……それだけに、意外すぎる出来事でしたが」

「それは誰もが思う」

 ふんとレヴラールは鼻を鳴らした。

「確かに、彼にはいささか意地の悪いことも言いました。それは認めましょう。一種の羨望、嫉妬でしたと」

「羨望に、嫉妬か。神官たちの頂点に立つ祭司長の言葉とも思えんな」

「本音をとのご命令でしたから」

 淡々と言ってキンロップは肩をすくめた。

「では続けて本音を申しましょう」

 祭司長は王の息子を見据えた。

「陛下には私とコルシェント術師の間にいていただかなければならない。そうでなければ口さがない者たちが言うように、私と彼の争いが表面化してしまう」

「十二分に表面化していると思うが?」

「それは殿下が城内で我々をご覧になっているからです。首都から遠く離れた村人が噂するには至っていない」

「ふん、判らなくもない」

 王子は唇を歪めた。

「それで、父上には緩衝材の役割しかないというのがお前の本音か?」

「そうは申しません」

「言ったではないか」

「あなたはどうしてかお父上を悪く仰りたいのかもしれませんが、レスダール様はご立派な方でいらっしゃる。もう少し意固地なところがおありであれば、私たちの両方をさっさと更迭なさるでしょうし、愚かであれば私か彼かどちらかの甘言に耳を貸し、片方を重用なさったでしょう」

「両方を立てているから賢いと」

 はっとレヴラールは笑った。

「見せ物小屋の(ゴオ)が賢い、と褒めているかのようだ」

「お判りにならないのであればこの話は終わりにしましょう」

 しかめ面でキンロップは首を振った。

「そして次代の熊は愚かで話が通じない、という訳だ」

 祭司長の言いようを王子はそう解釈した。

「それとも、おだてに乗らないひねくれ者で困る、か?」

 レヴラールは続け、キンロップは沈黙でそれに返した。

「お前と言いコルシェントと言い、考えが見え見えだ。もっと巧くやれ」

「何ですと?」

「だから、次代の熊を手懐ける話だ」

 ひらひらと王子は手を振った。

「父上に続いて俺も取り込んでおこうと言うのだろう。前職どもは父上を舐め切って思わぬ反撃に遭ったからな」

「品のない言い方を」

「美しく飾ったところで意味は同じだ」

「そうであろうと、他者から悪く思われるような言動はお慎みなさい」

「グードのようなことを言う」

「彼もあなたを案じているのですよ」

「あれも……心は騎士だからな」

 レヴラールは少しうつむいて呟いた。

「だが、説教は要らぬと言ったろう」

「聞いていただくと申し上げました」

「俺の興を買いたいなら」

殿下(・・)

 キンロップは語調を強くした。

「そのようなお話のために参ったのではありません」

「ふん」

 王子は鼻を鳴らした。

「ジョリスの騎士位剥奪がどうのとまた話を戻すのか。お前がどう思おうと触れは出された。国中にな。性急だったと? いつまでもあやつの死を隠しておけないという話にはお前も同意していただろう」

「早く公式に(・・・)彼を殺すために、位を奪ったのですか」

「『非の打ち所のない〈白光の騎士〉ジョリス・オードナー』の記憶を消しておくためだ。〈白光の騎士〉から堕ちたジョリスの死であれば、民が受ける衝撃も少なかろう」

「……充分すぎるほど、民は衝撃を受けております」

 静かにキンロップは言った。

「城下で話を聞いてきた訳ではありません。ですが城内でも十二分だ。公式の触れであるにもかかわらず、信じないと言う者も少なくない」

「そのようなことを口走る者は処罰せよ」

「できるはずがありますか」

 キンロップはまたレヴラールを睨んだ。

「ご存知でいたはずだ。ジョリス・オードナーがどれだけ慕われているか。信頼されているか」

「だからこそ、事実を知らしめるべきであろう!」

 王子は声を荒げた。

「奴の裏切りを誰もが知るべきだ!」

「殿下」

 きゅっとキンロップは眉をひそめた。

「あなたはご自分の気を晴らすためだけに、あの触れを出した」

「何、だと」

 レヴラールは表情を険しくした。

「民の衝撃を和らげるため? とんでもない。あれはあなたの復讐だ。ジョリスに裏切られたと誰より強く感じているのは、殿下、あなたなのです」

「黙れ」

「いいえ。これを申し上げるために参りました」

 キンロップは引かなかった。

「あなたはオードナーが騎士となって誰もが彼を知るより先に、彼と出会っていた。年の離れた兄のように慕い、剣の稽古も受けた。親愛を覚えているからこそ、彼の裏切りが許せない。違いますか」


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