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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第3話 裏切りの騎士 第4章
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04 悔しくって

「外見の方に力を入れるやり方もありますが、籠手の力が暴走する危険を思うと」

「暴走だと?」

 シレキが聞き咎める。

「その話もしないとなりませんね……」

 またカナトはオルフィの様子を見た。だがオルフィはまたふっと考え込んだか黙ってしまい、応とも否とも言わなかった。

「……実は」

 制止がなかったと判断して、カナトは大まかに「暴走」の話を伝えた。

「成程な。黒騎士と会って戦ったというのは籠手の力が成したことだったのか」

「ええ、そのようです。オルフィが夢を見たのではないと納得してもらえましたか?」

「その力を目にしてないから何とも言えんが、お前さんたちがそんな嘘をつくとは思えんからな。とりあえず信じよう」

 肩をすくめてシレキは言った。

「それにしてもずいぶんと波瀾万丈なこった」

「まあ、主にはオルフィが、ですけど」

 ちらりと彼を見てカナトは言ったが、オルフィはうつむいたままだった。

 そうして街道を北東へと進みながらカナトとシレキはエクール湖や〈湖の民〉の話をはじめたが、あまりにもオルフィが黙ったままなので、ついにカナトが声をかけたのだった。

「考えてたんだ」

 ぼそりとオルフィは呟いた。

「もし俺が首都に戻って『宝はここにある、盗んだのは俺だ』って言ったら……ジョリス様の名誉は回復されるかな、とか……」

「馬鹿なことを」

「無茶言わないで下さい、オルフィ!」

「判ってるよ。そんなことしないし、やったって意味ないって判ってる」

 ジョリスが宝を持ち出した――盗んだとは言いたくない――ことは事実なのだ。そして王城はそれを罪とし、白光位を剥奪までした。たとえオルフィが籠手を返したところでその罪が消えることはなく、剥奪の触れを正式に国中に出した手前、もう引っ込めることもできないだろう。それくらいのことは彼も考えた。

「でも、ただ、悔しくってさ」

 彼は全面的にジョリスを信じている。以前カナトに言ったように、ジョリスが籠手を持ち出したのならそうするべき理由があったのだと。それを騎士の口から聞けないのは残念なことだったが、少なくとも私利私欲のためではないことには彼の命を賭けたってよかった。

「どうしたらいいんだろう。どうしたら……」

「生憎だが、できることはない」

 きっぱりとシレキ。

「騎士様が何でそんなことをしたのにせよ、ああして触れが出回った以上、もう彼の名誉を回復する手段はないだろうな」

 厳しい意見だったが、反論できない。オルフィは唇を噛んだ。

「でも、俺、何かしたくて」

「オルフィ……」

「気の毒だが」

 シレキはあごを撫でた。

「この上ジョリス・オードナーには、黒騎士に敗れたという話も出てくることだろう。これは触れを出すのも妙な話だが、誰かが彼の名誉を地に落としたいと思っているなら必ず噂が出回る」

「いったいどこのどいつなんだ。許せねえ」

「落ち着いて下さい」

 カナトがなだめた。

「地位身分のある相手であることはほぼ間違いないですし……」

「まさか、レヴラールの野郎か!」

「そうは言ってませんよ。白光位の名誉を保つというのは王子にも大事でしょうけれど、ジョリス様の名誉を必要以上に汚す意味はないんじゃないかと思います。まあ、可能性はありますけど」

「あいつのような気がする」

 しかめ面でオルフィは言った。

「ジョリス様のこと、ものすごく腹を立ててたし」

「オルフィ、少々個人的な恨みが入ってませんか」

「どういう意味だよ」

「ですから。ジョリス様のことを悪く言われたから怒ってるんでしょう」

「ジョリス様のことを悪く言うってことはつまり、あいつが怪しいってことじゃんか」

「そう言えなくもないですが」

「確かに俺はむかついたよ。でも腹立ちまぎれに言ってる訳じゃない」

「腹立ちまぎれに聞こえたな」

 茶化すようにシレキが口を挟んだ。オルフィは眉をひそめたが、それは傍目にはいささか情けない表情に見えた。

「まあまあ、ほら、もうすぐ湖が見えてきますよ」

 道はいつしか、緩やかな登り坂になっていた。街道沿いのまばらな木々は段々と集まりはじめ、森のなかを切り拓いたかのようだ。

 その向こうに湖が見える。

 いや、正確なことを言うのであれば、まだ見えない。だが木々が先の右方で不意に途絶えているのが判る。そこから湖面なのだろうと予測できるのだ。

「左の方が集落だな」

「呼び名はないんでしょうか」

「『(ほとり)の村』なんて言われてるらしいぞ」

「もしかしたら彼ら自身は何か呼称を持っているのかもしれませんね」

「北の民族とかってのも、連中のなかで、何か呼び名があるらしいな」

「そうなんですか?」

「ああ、聞きかじったことがある。何て言うのかは忘れちまったが」

「そう言えば、確か、キエヴと」

 思い出してカナトは言った。

「知ってるのか」

「北の民族だという人と、少し行き合ったんです」

「キエヴ……ああ、アミツとか何とかってやつか」

 オルフィも思い出した。

「そう言やヒューデアの野郎も、触れには激怒してんだろうなあ」

 ぽつりと呟いた。

「彼もジョリス様に傾倒しているようでしたものね」

 カナトは同意した。

「首都で暴れたりしてなきゃいいけど」

 思わず言えば、カナトは少し笑った。

「何だよ? 何か可笑しいこと言ったか?」

「だってオルフィはあの人に狙われて、腕まで切り落とされそうになったじゃありませんか。なのにそんなふうに心配するなんて」

「でもあれは、俺に憎しみや恨みがあってじゃないだろ」

 彼は首を振った。

「あくまでも、籠手を取り戻そうと思ったからだ」

「それはそうでしょうけれど」

「腕を? おっそろしいこと考える友だちがいるんだな」

 シレキが聞き咎めた。オルフィは肩をすくめた。

「友だちでもないよ。ってか、そんなこと考える奴がいたら友だちじゃないだろ、普通」

 少々話しただけだし、友人どころか知人とも言いづらい相手だ。だが不思議とオルフィは、ヒューデアを煙たく思わなかった。

「少し判りますよ」

 カナトがやはり笑ったまま言った。

「オルフィとヒューデアさんは、ジョリス様心酔仲間ですもんね」

「お前な」

 反論のできない指摘に若者はうなった。

「どれだけ騎士様が好きなんだよ、お前さん」

「うっさいな。ナイリアンに生まれ育った青少年ならナイリアンの騎士に憧れて当然だろ。あんただってガキの頃は」

「俺がガキの時分には白光位の騎士様はいなかったからなあ。騎士様方は立派なお人だとは思ってるが、お前さんほど入れ込んじゃいなかったな」

 にやにやとシレキは言い、好きにしてくれとオルフィは手を振った。

「ところで、湖ってのはさ」

 それから少し歩いて、彼はふと連れたちを見た。

「つまり、でっかい池だよな?」

 確認するように尋ねる。

「そういうことでいいと思います」

 こくりとカナトはうなずく。

「何だお前ら。湖を見たことがないのか」

 呆れたように年上の男が言った。

「南西部には湖なんて呼ばれるものはなかったよ」

「ロアッシ池は、池ですしね」

「あれはあの辺じゃでかいよな」

「シレキさんもエクール湖は初めてなんですよね。ほかに大きな湖がナイリアンにありましたっけ」

 カナトは眉をひそめて思い出そうとした。

「俺が、見たことあると言ったか?」

 堂々とシレキは胸を張った。

「無い!」

「……さ、もうちょっとだ。頑張ろうか」

「……ですね」

「あ、おーい」

 若者たちはすたすたと足を早め、年上の男は慌ててついていった。


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