03 胡散臭い
「で?」
シレキは鼻を鳴らす。
「騎士様が宝を持ち出したのは本当だと言ったな? 何がどう出鱈目だって言うんだ」
「それは……」
オルフィはまた言い淀んだ。
言いたくない。
「――これは、内緒にしてほしいんですけれど」
カナトがオルフィの様子を見ながらそっと言った。
「ジョリス様は亡くなったようなんです」
「……何?」
シレキは目をぱちくりとさせた。オルフィは黙っていた。
「オルフィがレヴラール王子とお会いしたときに聞いたんだそうです。〈赤銅の騎士〉サレーヒ様や、ほかにもわずかながら知っている人はいますが、事情が事情ですから公にはされていなくって……」
「待て待て」
額に手を当ててシレキは悲鳴のような声を上げた。
「事情ってのは何だ。いったいお前さんたち、何を隠してるんだ」
「すみません」
「カナトが謝ること、ない」
そこでオルフィは声を出した。
「ジョリス様に関することは内緒にするっていうのは俺が決めたんだ。カナトはつき合ってくれただけだ」
「何で内緒にした? やましいことがあるからか?」
「ない……ううん、ちょっとは、ある」
そう言ってからオルフィは、いままで黙っていたこともみなシレキに告げた。やましいというのはジョリスとの約束を破ったことであり、騎士の死の報を聞いてからはその名誉を守りたい気持ちにもなって、ジョリスが誤解されそうなことを話したくなかったということ。そしてジョリスの死を信じられなくて、信じたくなくて、口にしたくなかったということ。
「ふうん、大した『事情』だ」
シレキは顔をしかめた。
「ナイリアンの騎士が絡むなんて、思ったより大ごとだろう? 分かれてくれてもかまわない。黙っていてはもらいたいけど……」
少しうつむいてオルフィはぼそぼそと言った。
「ここまできて、水くさいことを言うな」
にやりとシレキは笑った。
「むしろ、却って歓迎さ」
「何だって?」
「俺様の目的を忘れたか? 大導師ラバンネルだぞ」
シレキは胸を張った。
「ささやかな事件じゃラバンネル術師の足跡になんか当たれない。大げさな話だからこそ望めるんだ。うん、オルフィ。俺がお前に運命を見たのはやっぱり間違いじゃないな」
「運命とかは、どうかと思うけどさ」
力なくオルフィは呟いた。
「そう言ってくれるのは、有難いよ」
「何だ何だ、弱気だな」
「だって……」
そこで彼は口をつぐんだ。
(ジョリス様が)
(白光位を剥奪されるなんて)
(――酷すぎる)
「それにしてもきな臭いな」
唇を歪めてシレキは不味いものを食べたような顔をした。
「騎士様が死んだというのが本当なら、逃亡中ってのは何だ?」
「そこにもうひとつ、事情があるんです」
やはりオルフィの様子を気にしながらカナトが続ける。
「ジョリス様の亡くなった理由というのが……」
少年はそっと、ジョリスが黒騎士に敗れたようだと話した。シレキは口を開けた。
「おいおい、〈白光の騎士〉ってのはナイリアン最強の剣士じゃなかったのか?」
「だから国王も、公表しかねているんだと思います。僕が思うに、ジョリス様を咎人とすることであらかじめ悪評を立てておけばその死の報せも原因も、人々の哀しみや不安を誘わないんじゃないかというような」
賢い少年はそうしたことを言い当てた。
「……ひとりで」
オルフィは両の拳を握り締めた。
「あの人はひとりで、戦いに行ったんだ。いまなら判る。ジョリス様以外の偉い人たちは、黒騎士なんて大した問題じゃないと思ってたんだ」
あの四つ辻で、〈白光の騎士〉はどこか憂うような表情を浮かべていた。あのときのオルフィには判らなかったが、いまは。
「ジョリス様だけが黒騎士の討伐に乗り出して、魔法みたいな力を使うあいつに挑んで……」
ぐっと何かがこみ上げた。オルフィは唇を噛み、涙をこらえた。
「判った判った」
シレキはぽんぽんと彼の肩を叩いた。
「お前さんの気持ちは判ったさ。状況も、何と言うか、判らないのがよく判った」
ふむぅ、とシレキはうなった。
「ジョリス・オードナー個人を貶めて位を奪い去ってから黒騎士に敗れて死んだとする、か。そんなんで〈白光の騎士〉の名誉が守れると思ってるのかねえ」
「何だか中途半端ですよね。隠すのならむしろ、黒騎士に敗れたということを隠した方がいい。ハサレック様のように子供をかばったとでもすれば説得力もあって幻滅する人も少ないでしょうに」
「幻滅だなんて。するかよ」
まるで自分のことを言われたかのようにオルフィは意気込んだ。
「オルフィのように心酔している人ばかりじゃないのは判るでしょう。さっきの行商人だって昨日までは『ジョリス様はご立派だ』なんて言ってたに決まってますけど、あの掌の返しよう」
「王のお触れってのは強力だな」
「……おっさんは?」
どこか心配そうに、オルフィはシレキを見た。
「うん?」
「おっさんは、どう思うんだ?」
「俺は別に、騎士様方のことは何とも思ってなかったからな。幻滅も何もないさ」
気軽にシレキは答えた。
「じゃあ、いまの話を聞いて、どう思った?」
踏み込んでオルフィは尋ねる。
「うーん」
男は両腕を組んだ。
「簡単に言うなら、胡散臭い」
「胡散臭い」
「そうだ。カナトの言ったように、中途半端。まるで誰かの企みだ」
「どういう意味だよ?」
「まるで誰かがジョリス様の名誉を地に落とそうと企んでいるかのようだということです」
カナトが続けた。
「へっ?」
「『〈白光の騎士〉ジョリス』の名誉を守る方法はあったはずだってことさ。カナトの言ったように、黒騎士に敗れた件をごまかしたりな」
「でも国王陛下はそうじゃないやり方を採られた。ジョリス様に恨みでもあるのかと思いますね」
「恨みは、あるんじゃないか? 王家の宝を盗られたんなら」
「まあ、そういう考え方もありますけど」
カナトは大人びて肩をすくめる。
「だが首都じゃ、オルフィを盗っ人として追ったんだろう? それをジョリスに換えたってことは、こいつを追うのはやめたのかね」
「そんなはずはないでしょう。問題の宝はここにあるんですよ」
「それもそうか。とするとオルフィはジョリスの共犯ってところか」
「おっ、俺なんか、そんな、ジョリス様に協力できるような力はないけど……」
慌ててオルフィは手を振った。
「……その謙遜は少々、的外れかと」
ぼそりとカナトは指摘した。
「とにかく、王城が動いたってのは気にかかるところだな。オルフィ、お前も首都から離れたと油断せんで、引き続き気をつけた方がいい」
「ん、そうする」
こくりと彼はうなずいた。
「髪は切りたくないけど、帽子でもかぶって中に入れるとか」
「まあ、それもいいが。カナト、何か術でもかけてやったらどうだ」
シレキは以前に言ったことを思い出したようだった。
「術で外見を変えるんですか?」
「お前さんくらいの魔力の持ち主ならできるだろ?」
「印象を変えるという程度なら可能だとは思いますけれど、オルフィには籠手が目立たないようにする術をかけているので」
「うん?」
「シレキさんも、話を聞くまで気づかなかったでしょう? オルフィの包帯の下に、何らかの魔力が込められた籠手が存在すること」
「あ、ああ」
男は目をしばたたいた。
「そうか、そういうことか。とすると、二重にかければ、どちらも薄くなっちまう危険性があるな」
同じ、或いは同質の術を強化することならできるのだが、全く違う術になるとそれぞれの効果を打ち消して弱めてしまうかもしれない、とカナトはオルフィのためにざっと説明した。