01 オルフィ
それは暖かい春の一日だった。
小鳥は歌い、花々は咲き乱れ、太陽の邪魔をする雲は一片もなく、爽やかな青空が頭上いっぱいに広がっている。
そんな日はとても気分がいい。若者は鼻歌交じりで手綱をさばいた。
「おーし、可愛いクートントちゃん。もうちょっとだかんな、頑張ってくれよ」
幌のない古びた荷馬車を引く老いた驢馬に陽気に声をかけると、年の頃十八歳ほどの若者は、世辞にも上手とは言えない鼻歌を繰り返した。
もう少しすると陽射しは彼やクートントの元気を奪うものになるが、この季節ならば問題はない。
(問題ないどころか、最高の季節だよな)
この時季が一年中続けばいいのに、などと若者は益体もないことを考えた。
ナイリアン国の気候はあまり厳しくない。〈はじまりの湖〉エクール湖に近い東部の山の麓は荒天も多いと聞くが、彼の暮らす南西部は〈サリアサの谷〉を超えてやってくる暖かい風が気候を安定させ、夏も冬も極端に厳しいことはなかった。
しかしこの辺りで生きる者にとっては、それなりに差異がある。夏はやはり暑いし、冬はやはり寒い。
そしていまはいちばん、いい季節だ。
「おっしゃー。とうーちゃくーっと」
見慣れた外柵を抜けていくと、若者は手綱を引いた。後ろでざっと結わえている長めの黒髪が揺れる。
「うおーい、おばちゃーん! きたよーっ」
大声で叫べば、一軒の小屋から女が姿を見せた。
「遅い到着じゃないかい、オルフィ!」
「これでも急いだんだぜ」
オルフィと呼ばれた若者は、褐色の目を不満そうに細めた。
「カラコットの爺ちゃんが、あれもこれもってぎりぎりまで荷を追加するからさ」
「はは、カラコット爺に捕まったのか。そいつは気の毒だったね」
「爺ちゃんじゃなかったら追加料金を請求するところだよ」
肩をすくめてオルフィは言うと、ひょいと御者台から飛び降りた。
「孫の手伝いじゃないんだ。俺はこれで食ってるんだからさ」
不満そうに言ったあと、にやりと笑う。苦情はただの軽口であって、本気で文句がある訳ではない。
「さて、どこに運ぶ? いつもの納屋でいい?」
「ああ、そうしておくれ。すまないね、運び込みまでやってもらっちゃって」
「うん? 何さ、いまさら」
「本当はやらないんだろ? トイラ村で言い争ってるのを見たよ」
「見られたのか」
恥ずかしそうにオルフィは黒い頭をかいた。
「あれは、あの親父が偉そうに命令するから腹が立ったのさ。それにおばちゃんのところでは飯食わしてもらえるし。運び込みは飯代って言うか、お礼ってとこで」
「ははは、それじゃ美味い飯を用意しなくちゃね」
「やった。期待してるよ」
ぱちりと指を弾いてオルフィは荷台に回り込み、林檎の入った木箱を抱えた。