11 人が好すぎるのでは
「そうか。じゃ、早く答えが見つかるよう、頑張るんだね」
言うとラスピーはかたんと立ち上がった。
「ラスピーさん?」
「リチェリン嬢、すまないが用事を思い出した」
「はい?」
「今日はここで失礼する。巧く用事が済んでいればまた明日、お会いしよう」
にっこりと言って紀行家はさっと一礼をした。
「あのっ、怒っ……たんですか? でも、いまのは」
リチェリンも立ち上がった。
「いまのは、ラスピーさんが」
「その通り。私が一方的で、強引だった。何も腹を立てて出て行く訳じゃない。本当に用事があるんだ」
手を振って彼は答えた。
「ヒューデア君とはこれからも仲良くやっていきたいと思っているよ」
それに対して剣士は何も答えなかったが、異論があると言うよりはいつもと変わらぬ反応であった。
「では失礼する。イゼフ神官、また機会があればお会いしよう」
「ああ」
神官は短く答えてから、片手を上げた。何ごとかとラスピーは片眉を上げる。
「言うまでもないだろうが、ジョリス・オードナーの件は他言無用」
「判っているとも。何も言いふらしに出て行く訳じゃない」
ラスピーはやはり笑みを浮かべてそう言うと、もう一度礼をして部屋を出て行った。
「……ちょうどよかった」
それを見送ってからヒューデアは小さく言った。
「彼に含むところはないが、部外者がいては話しづらいこともある」
「どういう、ことですか?」
「頼みが」
リチェリンの問いには答えず、ヒューデアはイゼフに向き直った。
「イゼフ殿。お頼み申し上げたいことがある」
「改まって、どうした」
神官は少し驚いたようだった。
「キンロップ祭司長にお会いできるよう、取り計らってはいただけないか」
「何だと?」
イゼフは面食らった。
「祭司長に何か訴えたいことでもあるのか?」
「俺ではなく」
キエヴの剣士はリチェリンを見た。
「彼女が」
「えっ?」
リチェリンも驚かされた。
「神女見習いを祭司長に紹介?」
何もイゼフは馬鹿にしたのではないだろう。だがリチェリンは頬が熱くなる思いだった。
「いったい何のために」
「かの籠手にまつわる出来事のなかで、彼女は唯一オルフィの味方であるからだ」
ヒューデアは答えた。
「城内で何が起きたのか。または起きているのか」
眉をひそめて彼は続けた。
「それを知るには城内に入るしかないだろう」
「キンロップ祭司長に王家の宝について尋ねる? 町憲兵の前でやったように、彼はやっていないと〈ラ・ザインの証立て〉もなくただ主張するために?」
「で、でもオルフィは本当に、絶対、やっていないんです」
「私に言っても仕方がない」
神官は首を振った。
「だが祭司長に告げても先日と同じことだ。何の証もなければ」
「オルフィがやったという証だってないはずです」
「だが彼の腕には籠手がある」
指摘したのはヒューデアだ。
「『盗んだ証拠』はなくてもそれで充分だろう」
「でも」
反駁しかけてリチェリンは唇を噛んだ。
「いえ、確かにその通りね」
ヒューデアは客観的な意見を言ってくれただけだ。ラスピーにしろ、彼らはきちんと事情を知った上で意見してくれている。反論など筋違いだ。
「ただ、祭司長というのは、いったい」
次に彼女はそこを問うた。
「イゼフ殿は、キンロップ祭司長とよく会われるそうだ」
「ああ、ヒューデアさんが言っていたのは祭司長様のことだったのですね」
「そうだ。ラスピーの前で口にするのは気が引けた」
彼は肩をすくめた。
「また『興味』をそそりそうだからな」
「一神官が祭司長と繰り返し面会する機会があるなど、奇妙と思われても仕方がない」
イゼフが静かに言った。
「だがリチェリン殿、誤解のなきよう。私は何か特別な権力を手にしている訳ではない。キンロップ殿とは相談しなければならないことが間々あるだけだ」
神殿長でも神官長でもない者が祭司長と相談をしなければならない事態というのはぴんとこなかったが、リチェリンは追及しなかった。自分が尋ねるべきことではないと考えたからだ。
だが確かにラスピーであったなら、質問をしただろう。その事情が答えづらいことであればイゼフは答えなければいいのだが、ヒューデアは警戒をしたと言おうか、それともイゼフを気遣ったのかもしれなかった。
(でも)
彼女はまた思った。
(それなら、どうして)
ヒューデアはサレーヒに迷惑をかけたくないと言った。イゼフに対しても同じように思ってはいないか。そうであれば「祭司長に紹介」などというのは迷惑の内に入るのでは。
「私はかまわない」
神官はまるで彼女の心を読んだかのように言った。
「キンロップ殿と話したい理由があるのならば、紹介もしよう。だが、いったい何を話す?」
質問はそこに戻ってきた。
「私は」
リチェリンは口を開いた。キンロップ祭司長と話をすることは考えていなかったが、レヴラール王子には会えるものならと思っていたのだ。
「オルフィのことを……籠手を身につけている人物のことを知っていると話します。そして、彼にはそれを持ち逃げするつもりなどなく、在るべき場所、持つべき人物に返したいと思っていると」
リチェリンはオルフィがそう考えていることを確信していた。仮に返せない事情が、外れないこと以外にあるとしても、自分のものにしようだとか売り払おうだとかは絶対に考えていないはずだ。
「だから彼を盗っ人として追わないでほしいということと、籠手のことについて詳しい人物を誰か教えてもらえないかと……」
「何と」
くっとイゼフは笑った。
「いかに神女見習いとは言え、いささか人が好すぎるのではないか」
「ええ?」
「確かに、王城は『本当の』事情を知っているのだろう。オルフィなる若者が盗んだのではないくらいはな。だが王城には関係がない。彼の名誉も、生命すらも」
「……イゼフ神官までそのように仰るのですか」
ラスピーの冷徹とも言えた台詞とほぼ同じことを神官が言った。それが何を意味するかと言えば、もちろん彼らが冷たいということではなく、真摯に意見を述べてくれているということだ。
耳に心地よいことを言われれば安心するが、嘘で安心したところで何にもならない。少なくともオルフィのためにはならず、リチェリンはそれを望まない。彼らはそれを知っていて、厳しい言葉を投げてくれている。
そのことは彼女にも理解できた。
「生憎だがここで、真実には真実が返るものだと理想を言うことはできない」
彼は首を振った。