04 敵はどちらなのか
「オルフィはいったい王子殿下と何をお話ししたのかしら」
「ジョリスのことだろう。オルフィも知っていたからな」
〈白光の騎士〉の死を――ということであるようだった。
「でも、どうして王子殿下がオルフィにそんな話を?」
「その辺りは判らない」
ヒューデアは肩をすくめた。
「だがレヴラールはオルフィの腕を見たのだ」
「腕」
リチェリンははっとした。
「あの怪我のこと?」
「彼が包帯の下に隠していたのは負傷ではない」
しかめ面のまま、ヒューデアは続けた。
「そこにあったのは青き籠手〈閃光〉。アレスディアの銘を持ち、かつて英雄アバスターが身につけていた――王家の宝だ」
「なん、ですって」
彼女は呆然とするしかなかった。
「オルフィはジョリスからそれを預かった。しかし彼はあろうことかその箱を開け、籠手を身につけた。そうしようという意志はなく、気がついたら装着したのだと言っていた。その真偽は判らないが、魔法の籠手は彼を放さず、仕方なく包帯で隠して外す術を探しているようだった」
淡々と告げられる驚くべき事実に、リチェリンは口をぽかんと開けていた。
「オルフィの腕に何があるのか、誰かが気づいた。そして町憲兵隊を動かしたのだ。だがあくまでも町憲兵隊であって軍隊ではない。王家直属の近衛でも、ましてやナイリアンの騎士でもない」
「だから王陛下や王子殿下のご命令ではない、と言うのね?」
「そうだ。軍に命令は下せず、町憲兵にも命令は無理だが協力の要請はできる人物、それがコルシェントとキンロップだ」
「ううん」
紀行家は両腕を組んだ。
「見目麗しいばかりではないね、ヒューデア君。魅力的な若者たちと多く知り合えて、私は非常に嬉しい」
「……とにかく」
ヒューデアはラスピーの戯言を無視した。
「名もなき田舎者の名誉や……命すら、彼らの問題とするところではない。ジョリスから預かったという『事実』など彼らにはどうでもいいことだろう」
「オルフィ君の味方はいないという訳だ」
「当然だな」
「そんな……」
リチェリンは唇を噛んだ。
「おかしいわ、そんなことがまかり通るなんて」
「確かにな。だがまかり通ってきたものをとどめるのは容易ではない」
ヒューデアは静かに言った。
「でも判らないわ」
彼女は呟いた。
「どうして、ジョリス様が持っていたものをオルフィが盗んだことになるの?」
オルフィのような名もなき平民に〈白光の騎士〉が大事なものを預けるなどおかしいと、「偉い人」たちがそう考えるだろうことはリチェリンでも理解できる。しかしそれでも「預かったはずもないのだから盗んだのだ」という結論に達して町憲兵まで動かすのは妙ではないかと思った。
「考えられるのは、騎士殿が無断で持ち出したということ」
ラスピーは指を一本立てた。
「盗難騒ぎがあった訳じゃない。気がついたら、宝がなかった。そこに、宝を手にした若者がやってくる……」
「おかしいじゃないの」
憤然とリチェリン。
「盗っ人は普通、盗んだものを持って盗んだ相手に会いに行ったりしないわ。改心して返すと言うのであれば別だけれど」
神女見習いは神女見習いらしいことをつけ加えた。
「ほかにも、持ち主に買い戻させるということもありそうだ」
本気か冗談か、ラスピーが足した。
「だが、そんなことはどうでもいいんだ。町憲兵隊を動かした誰かにとって重要なのは、宝をオルフィ君が持っているということだけ。まあこれは、王陛下や王子殿下にも言えることかもしれないが」
「しかしそれなら、何故勅命でないのか」
「『誰か』が先走ってるのさ」
ラスピーは決めつけた。
「仮に『彼』としようか。彼はとにかく宝を取り戻したかったんじゃないかな。それも、内緒で」
「内緒?」
「そうさ。『盗まれた王家の宝』、これが手元にあればいろいろな絵が描ける」
にっこりとして、ラスピーは言った。
「簡単なのは、手柄欲しさだ。『自分が取り戻した』という形にすれば評価を得られる」
「そんな」
「もっとも、それは単純すぎる。私ならこれを使って政敵でも陥れるね。盗っ人を捕らえ、吐かせたところ、あいつの命令でやったと言った……と」
「無理だろう。不自然だ。その人物に都合がよすぎる」
ヒューデアは顔をしかめた。だがラスピーはどこ吹く風だ。
「『事実』である必要性はもとより、客観的な信憑性だって大して高くなくていい。王や王子といった大事な人々さえ納得させられればいいんだからね」
あくまでも平然とラスピーは語る。
「ともあれ、その『彼』は果たして魔術師か祭司長か。敵はどちらなのか見極める必要があるだろう」
言ったのはヒューデアだった。
「敵だなんて」
リチェリンは驚いた。
「違うとでも?」
剣士は片眉を上げる。
「ある意味、オルフィ君にとっては『彼』は敵と言えそうだね。しかし」
ラスピーは首をかしげた。
「何故、君がそんなふうに言うのか? 私はそこが気にかかる」
「それは」
淡々と話し続けてきたヒューデアは、ここで言い淀んだ。
「すぐに出会うと……星が……」
「星?」
「いや……」
「――有難う」
ふっとリチェリンの口をついて出たのはそんな言葉だった。ヒューデアは片眉を上げた。
「何だと?」
「だって、そうでしょう? あなたはオルフィの話を信じてくれているし、手助けようともしてくれている」
「俺は」
きゅっと彼は唇を結んだ。
「それは勘違いだ。確かに彼は、俺が最初に思ったような盗っ人ではなさそうだし、逃げているのも悪意からではあるまい。だがアミツがあの男に危険を見て取った、俺はそのことを忘れない」
「でも……」
「俺は王城とは何ら関係ない。それでも俺は籠手を取り戻す立場にある。返さないと言うのなら、いや、返せないと言うのでも、引き下がりはしない」
「ほう?」
ラスピーが口の端を上げた。
「魔法で籠手が外せないという話だったな。それでも引き下がらないとなれば」
紀行家はかすかに笑った。
「彼の腕を切り落とす?」
「なん……っ」
リチェリンは両手を口に当てた。
「ララララスピーさん! 何て怖ろしいことを!」
「私じゃないさ、ヒューデア君の話だよ」
心外だと言わんばかりにラスピーは首を振った。
「ヒューデアさんはそんな怖ろしいこと、一言も――」
憤然と神女見習いは言おうとしたが、ヒューデアはただじっとラスピーを見返すだけで何も反論しなかった。
「あの……」
彼女は不安になった。
「まさか、本当にそんな怖ろしいことを……」
「それしか手段がなければ、そのつもりだ」
「ややややめて下さい!」
思わずリチェリンは卓を両手で叩いてがたんと立ち上がった。
「そそそ、そんなことをするつもりだったら、わわ、私」
「まあまあ落ち着くんだリチェリン君」
ラスピーも立ち上がると彼女の肩を叩いてなだめた。
「何も彼だって、いますぐオルフィ君の腕を切りに行くとは言ってない。『それしか手段がなければ』と」
「つまり、魔法の籠手を外す方法があれば、怖いことを考えるのはやめてもらえるのね?」
リチェリンは念を押した。
「俺とて好んで血を流したくはない」
「よかった」
ほっと彼女は胸を撫で下ろす。
「そうよ、こうなったら!」
立ったまま、リチェリンは両の拳を握った。
「何?」
「リチェリン君?」
男たちは目をぱちくりとさせた。
「やることは山積みね。真実を探すことに加えて、籠手のことも調べなくちゃならないわ」
幼なじみの助けになるのだったら。
リチェリンは力強くひとつうなずいて、決意を新たにした。