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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第3話 裏切りの騎士 第2章
126/520

11 目的

 沈黙が降りた。それは重く、部屋にはただレヴラールの荒い息づかいだけが響いた。

 息の詰まるような静寂を破ったのは、扉を叩く音だった。

「――レヴラール殿下。大変、申し訳ありません」

 聞こえてきたのは使用人の遠慮がちな声だった。彼らのやり取りは扉の外まで聞こえてはいなかっただろうが、王子の怒鳴るような声音は伝わっていたはずだ。割り込むのは勇気の要ることだっただろう。

「何ごとだ」

 不機嫌そうに王子は返した。

「コルシェント術師がお見えです」

「何? コルシェントだと?」

 意外そうに王子は目をしばたたいた。

「わたくしは、外しましょうか」

 サレーヒは立ち上がった。

「何の用事かによるな」

 王子はそう答えると入室の許可を出した。

「レヴラール様、ご機嫌麗しゅう」

 黒ローブ姿の男は扉をくぐると丁重に礼をした。

「サレーヒ殿もご一緒でしたか。もう、お話は終わられたかと思いましたが」

「ちょうどご報告が済んだところです」

 騎士はそうとだけ答えると、王子と宮廷魔術師の間に入らぬよう、横に移動した。

「左様でしたか」

 ちらりとコルシェントの目が卓上の杯に向いた。絨毯の上のそれにも。

「用向きは? ウーリナ殿の件か」

「それもございます。ですがそのことだけではなく」

 コルシェントはすっと歩を進めると、声をひそめた。

「黒騎士のことで」

「また被害があったのか?」

 レヴラールは眉をひそめた。

「いえ、そうではありません」

「では何ごとだ」

「新たな事実が判明しましたので、そのご報告に」

 思わせぶりに魔術師は言った。

「新たな事実だと? 俺に話す必要があるのか?」

「王陛下にはもとより、キンロップ殿にもお話しいたします。ですが王子殿下が最もご興味をお持ちかと」

「……告げよ」

 短く王子は命じた。

「は。被害にあった子供らですが、彼らは服を切り裂かれていただけではありませんでした」

 そう言ってからコルシェントは、子供の背中に印のようなものが刻みつけられていた話をした。

「何と不気味な」

「残虐なことを」

 王子と騎士は眉をひそめた。

「目的はいったい何なのだ」

 苛ついたようにレヴラールは言った。

「それが判ったやもしれぬのです」

 コルシェントは真剣な顔を見せた。

「何?」

「その印は〈湖の民〉が使うものでした」

「湖の……エクール湖の民か?」

「はい。間違いありません」

「どういうことだ? まさか黒騎士が〈湖の民〉だとでも言うのか」

「それは判りませんが、わざわざ犯罪に署名をするのも奇妙な話かと」

「ならば何のためにそのような印を残す」

 顔をしかめて王子はもっともな疑問を口にした。

「考えられるのは、知らせ……主張、喧伝ではないかと」

「誰に何を知らせる」

「この場合、相手は〈湖の民〉ということになるのでしょうか?」

 サレーヒが尋ねた。コルシェントは騎士を見て小さくうなずいた。

「黒騎士が〈湖の民〉でないのなら、その印は〈湖の民〉に何かを知らしめようとしている証ではないかと」

「それが何かは判らぬ、と言うのだな?」

「ええ。生憎なことに」

 魔術師は嘆息した。

「〈湖の民〉か……」

 レヴラールは両腕を組んだ。その視線は一度ちらりとサレーヒに向いたが、何ごともなかったように逸らされた。

「確かピニアがエクール湖の出身ではなかったか?」

「ええ。ピニア殿には既にお話を伺ってあります」

 コルシェントは顔色ひとつ変えずにうなずいた。

「件の印がかの民のものであるという確認は彼女から取りました。それから、子供、背中、印という符号で思い出されることも」

 魔術師は間を置いた。

「続けろ」

 まるで効果的な時間を取ろうとするコルシェントに、レヴラールは少し苛立ちを見せた。

「十年ほど前、民たちの間から『神子(みこ)』と呼ばれる幼子が姿を消したそうです。大火の際の混乱でさらわれたのではないかという話でして、民たちはもちろん子供を探しているのですが……」

 コルシェントはかすかに息を吐いた。

「神子の背中には、問題の印があるそうです」

「それは、刻まれるのか?」

「いいえ。子供は『神の子』、神秘的な存在で、生まれながらに印を持つのだとか。しるしを持って生まれたからこそ神子と言う訳ですね」

「それがどうした」

 興味なさそうにレヴラールは問うた。

「その大火と拐かしは同じ人物、と言って悪ければ同じ一派の仕業であるようなのです」

「ほう?」

 火事も事故や失火ではなく意図的なものだ、という話に王子は少し興味を示した。

「〈湖の民〉は、かつて我が王家の怒りをも買ったようだが、いまでも誰だかから余程の恨みを持たれているのだな」

「恨みつらみではないようです。その連中は神子の力を欲したらしく」

「神子というのは何なのだ。何ができる」

「湖神エク=ヴーの声を聞き、人々を導くのですとか」

「北の民キエヴの精霊アミツを見る者の話に似ているな」

「よくご存知で」

 コルシェントは少し驚いたようだった。

「何かで読んだような気がする。うろ覚えだ」

 王子は手を振った。

「それで? 何故黒騎士が神子を探し、子供を殺して回る必要があるのか。そしてそれを〈湖の民〉に知らしめるとは?」

 顔をしかめて王子は列挙した。

「コルシェント。お前の話はさっぱり判らんぞ」

「……この先はいささか憶測も混じります故、あまり明確には申し上げられないのですが」

「かまわん。言え」

「これは〈湖の民〉と、その神子を狙った一派の争いであると見ることができます」

「根拠は」

「ピニア殿の話によれば、以前にもそうしたことはあったようです。エクール湖とは全く関わりのない狂信的な存在がエクールの神子の神秘性を知り、自分たちの象徴にしてしまおうと狙う、というような」

「異端者どもの争いということか」

 ふんとレヴラールは唇を歪めた。

「キンロップがと言おうか、八大神殿が手こずっている集団があるな。何と言ったか」

「〈ドミナエ会〉ですね」

「それだ。それとは関わりがないのか?」

「有り得ます。現状でははっきりしませんが」

「事実であれば馬鹿馬鹿しい」

 王子は首を振った。

「我々は異端の連中に翻弄され、〈白光の騎士〉を失ったのか」

 乾いた笑いがレヴラールの口から洩れた。

「殿下。畏れながら」

 じっと黙っていたサレーヒが声を出した。

「独特の信仰を持っていようと、〈湖の民〉は間違いなくナイリアンの民であります」

「だから何だ。守れ(・・)とでも?」

国民(くにたみ)を守ることこそ王家の務め……民あっての国です」

「無論、守るとも。俺は黒騎士征伐のことも父上より真剣に考えている。だが〈湖の民〉、奴らは望んで外れ者(ラゲンド)の道を歩んでいるのだろう。手を差し伸べてやる必要がどこにある?」

「彼らがラゲンドと見られるのはエク=ヴー信仰による一点だけでありましょう。ナイリアンの法をきちんと守り、納税もしている。白眼視する理由などないはずです」

「俺が差別をしたと言うのか? 向こうが差別を望んでいると言ったのだぞ、あのとき(・・・・)のことも――」

 レヴラールはそこで口をつぐんだ。

「ええい。過去のことはどうでもいい。コルシェント、続きを」

「は」

 魔術師は頭を下げた。

「〈湖の民〉の神子は行方知れず。民たちはずっとそれを探していますが、その探索に加わったのが例の『会』であるとすれば、黒騎士は彼らの手の者ということになりましょう」

「失礼だが、魔術師殿。早計ではないのか」

 慎重にサレーヒは言った。

「何も決めつけてはおりませんよ、騎士殿。たとえ話、考え方のひとつとしてということです」

「む……」

「黒騎士の正体はともかく、湖神の神子を探していると考えることができます。そこで殿下、私はエクール湖のほとりに出向き、彼らの神子について尋ねてきたいと思うのです」

「好きにしたらいい」

 簡単にレヴラールは返した。

「黒騎士騒動についてはお前とキンロップに任されているはずだ」

「ええ、私と祭司長に、ですね」

 コルシェントは繰り返した。

「こう申し上げては何ですが、私が単独で行動すればキンロップ祭司長のお気に召しません。ましてや例の会に関わる可能性があれば」

「は。俺が命令した形にしろということか?」

「そうしていただければ助かります、と」

「成程。俺のところに話を持ってきた理由が判った。父上には言いづらいものな」

 王子は少し笑った。

「いいだろう、コルシェント術師。命じよう。ただし俺には顛末を全て報告するように」

「承りました」

 宮廷魔術師は深く頭を下げた。

「……コルシェント術師、少しよろしいか」

 〈赤銅の騎士〉は静かに声を発した。

「何でしょう、騎士殿?」

 顔を上げてコルシェントは尋ねた。

「そのように積極的になられた理由をお伺いしても?」

「これは、異なことを仰る」

 魔術師は目をしばたたいた。

「私がこれまで怠けていたとでもお思いか」

「それは」

 宮廷魔術師と祭司長の対応の悪さをジョリスが嘆いていた――などという話をしても仕方がない。サレーヒは口をつぐんだ。

「失礼なことを申し上げたようだ。お忘れいただきたい」

「いえ、何も気にしてはおりませんよ」

 にっこりとコルシェントは笑みを浮かべた。

「では早々に、エクール湖の方へ出向きましょう」

 魔術師は北東の方角に目を向けた。

「黒騎士、〈湖の民〉、その神子に……〈ドミナエ会〉。いったいどう関わるのでしょうね」


(第3章へつづく)


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