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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第3話 裏切りの騎士 第2章
125/520

10 裏切りと

 とんとん、と部屋の扉が叩かれた。部屋の主は扉の傍に控えている使用人にうなずいて開けるよう促した。

「失礼いたします、王子殿下」

 入ってきたのは赤いマントを身につけた騎士だった。

「サレーヒか」

 革張りの白い長椅子に腰かけたレヴラールは、相手を認めると手にしていた酒杯を卓に置いた。

「どうなった」

「は。グード殿から連絡がございました。ウーリナ様はご無事でいらっしゃいます」

「それはよかった」

 王子は肩をすくめた。

「如何に向こうの手落ちであろうと、ナイリアン国内でラシアッドの王女に何かあれば外交問題だからな」

「もっと早く、こちらから小隊でも送った方がよろしかったやもしれませんな」

「何のために?」

 レヴラールは鼻を鳴らした。

「こちらから招いた訳でもない。やってくるというのを好きにさせているだけではないか」

「そうは仰いますが、ウーリナ殿下がナイリアールを訪れるということの意味、殿下は重々ご承知のはず」

「父上とラシアッド王の間でどんな話が進んでいるのかは知らぬ。だが俺は父上から何も聞いてはおらぬし、どう対応しろとも言われておらぬな」

「小国とは言え、隣国ですからね。狙いがあからさまであろうと邪険にはできませんでしょう」

「その程度だろうな」

 レヴラールは手を振った。

「殿下はあまり、乗り気ではいらっしゃらないようで」

「次の妃を娶ることは義務だ。俺の『気』などどうでもよいこと」

「そうは思えません」

 サレーヒは顔をしかめた。

「確かに、血を繋げていくことは殿下の義務でございましょう。しかしやはり、夫婦となるからにはお気持ちも大事でございます」

「エルーシアとも愛し愛されて一緒になった訳ではない。家柄と年齢がほどよかったというだけの話だ。子ができぬまま死んでしまったのはあやつにも俺にも運がなかったが」

「……レヴラール様」

「何だ。妃に愛情を持つべきだとでも言うのか? 突然の死に哀しみくれる演技なら、もう十二分に済ませたはずだ」

 王子は口の端を上げた。

「どうだ、サレーヒ。お前も飲むか」

「いえ」

「いつもながら固い奴だな。たまにはつき合え」

「ご命令でしたら」

「いいだろう。命令だ」

 王子はぱちりと指を弾いた。使用人は頭を下げ、棚から玻璃の杯を取り出すと赤い葡萄酒(ウィスト)を注ぎ、サレーヒのところへやってきて差し出す。

「座れ」

「は」

 〈赤銅の騎士〉は目を伏せて、ふたつ目の命令にも従った。その間に王子は使用人に出て行くよう合図を送った。

「それで? 詳細は」

「は?」

「ウーリナ殿の件だ」

 誰もいなくなった部屋で、レヴラールは何も気にせず話せと命じた。

「はい。橋上市場に向かったのはウーリナ殿下ご自身のご希望だったということです。何でも王子殿下が面白い場所だとお話しになっていたとか」

「ロズウィンド殿が?」

 意外そうにレヴラールは片眉を上げた。

「いえ、第一王子殿下ではなく」

「ああ、成程」

 レヴラールはうなずいた。

「ロズウィンド殿には一度だけお会いしているが、第一王子としての責務をよく理解しておられると感じていた。あのような猥雑な場所に興味を持つとは思えんな」

「王女殿下の護衛にはラシアッドの精鋭がついてきたとのことでしたが、人混みで王女を見失ったとのことですから……」

 サレーヒはそれ以上の言いようを避けた。

「ふん、それで小隊をなどと言ったのか」

「ええ。ですがグード殿がいらっしゃいますから、いまはもう問題ないでしょう」

「グードを行かせるのは好まなかったが、非公式に派遣するなら向いているからな。仕方なく提案を呑んだ」

「我々では少々、目立ちますからね。鎧を換えれば気づかれにくいでしょうが」

「騎士がこそこそすれば不要な憶測も呼びかねない。そういう話だったな」

「ええ」

「グードならば顔を知られているということもない、か。――ジョリスと違ってな」

 その名を口にすると、レヴラールは不味いものを食べたとでも言うように顔をしかめた。

「オードナー侯爵家から何か連絡はあったか」

「……公表については王家に一任すると。それまで、葬儀も控えるとのことでした」

「遺体は?」

「――時間がかかることを見越して、焼いたそうです」

 サレーヒはきゅっと唇を噛んだ。

「別れの挨拶も、できぬとは」

「咎人だぞ」

 王子は忠告するように言った。

「そうであったとしても、別れを告げてはならぬという法もありますまい」

「……確かに、それは認めねばなるまい」

 小さく王子は呟いた。

「焼いた、か。本当に……死んだのだなと、今更のように感じる」

「殿下」

「それにしても」

 気を取り直すようにレヴラールは顔を上げた。

「侯爵も、息子の死に冷静なことだ。どういう形にせよ、抗議がやってきてもおかしくないと思っていたが」

 そこでサレーヒが黙ったので、レヴラールは首をかしげた。

「どうした」

「いえ……」

「何か知っているのか。言え。命令だ」

 気軽に王子は命令を発し、騎士は仕方なく口を開く。

「お聞き及びとは思いますが……オードナー閣下は、ジョリスが騎士位にあることを快く思っていらっしゃらなかったようですから」

 目を伏せたまま、サレーヒは簡潔に語った。

「何? それは初耳だな」

 レヴラールは目をしばたたいた。

「親子仲はよくなかったのか」

「もしや、ご存知ありませんか」

 サレーヒは戸惑った様子を見せた。

「何の話だ。告げよ」

「……ジョリスもあまり語りませんでしたので、詳しくは存じません。ですが騎士の選定試験を受ける際、閣下には反対されたということでした」

「何故だ。長男だというのならまだしも、二番目なのだから問題はあるまいに」

「推察するに、ジョリスには兄サズロ殿を支えてもらいたかったからではないかと」

「サズロ。オードナー家の長男はそのような名であったか」

 レヴラールは思い出そうとするようにあごに手を当てた。

「ふむ。成程。判ったぞ」

「思い出されましたか」

「こうして考えねば思い出せぬほど、印象の薄い人物だということだ」

 容赦なくレヴラールは言った。

「ジョリスには力があった。たとえ〈白光の騎士〉でなかったとしてもあやつは人目を引き、一度でも言葉を交わせば忘れられない光を放っただろう。オードナー侯爵はジョリスに爵位を譲ることも考えたのかもしれん」

「そこまでは、何とも」

 サレーヒは意見を控えた。

「目をかけていた息子が爵位より騎士位を取った、そして黒騎士ごときに敗れて死んだ。二度に渡る裏切りが侯爵に『正式な弔いなど後回しでよい』と思わせているのかもしれんな」

 王子は言い、騎士は黙った。

「何だ。何か文句があるのか」

「……裏切り、と」

 低く、サレーヒは呟いた。

「レヴラール様は、ジョリスの死を裏切りと仰るのですか」

「誰もがあやつに期待した。あろうことか、この俺もだ。だがあやつはそれを裏切った。違うか?」

「ジョリスとて、人の子です。常に完璧ではいられぬし、手強い敵に敗れることもあるでしょう」

「だが〈白光の騎士〉はそうあってはいかんのだ! そうではなかったか、サレーヒ!」

 レヴラールはばっと立ち上がると、酒杯を投げ捨てた。分厚い絨毯(じゅうたん)は杯を守ったが、赤い液体は厚みのある生地の上に嫌な染みを作った。

「〈青銀〉のハサレックは、それでもまだまし(・・)だった。子供を守って死んだという美談があったからな。しかし子供殺しの黒騎士ごときに倒された、これをどうやって国民に説明しろと言うのか。答えろサレーヒ!」

 王子の青い瞳は怒りのようなものに燃えた。

「……ジョリスが箱を盗んだと、本気でそのように公表されるおつもりですか」

 少しの沈黙のあと、ジョリスの友はそっと尋ねた。

「〈白光の騎士〉の名誉は汚したくない。だがあやつが盗みを働いたこと、そして黒騎士とやらに敗れたことは事実」

 レヴラールは固い声で言った。

「むしろ白光位の名誉を保つためにこそ、ジョリス・オードナーの堕落は知らしめられるべきであろう」

「殿下……」

「何だ。言いたいことがあるなら言ってみろ」

 じろりと王子は年上の騎士を睨んだ。

「白光位の剥奪だけは……どうか。ジョリスとて悩んだ末の」

「愚行に出る前にほかの方法があったはずだ!」

 レヴラールは怒鳴った。

「言い訳のひとつもあったなら、聞いてやってもよかった! だがあれは死んだ。盗っ人のまま、外道に敗れてな! かばってやる必要などどこにもない!」

「オードナー侯爵家にもご配慮を……」

「黙れ!」

 王子の目に再び怒りが宿る。

「〈赤銅の騎士〉ごときが俺に意見するか!」

 自ら「言え」と命じたことを忘れたかのように、レヴラールは激高した。サレーヒは黙り、頭を垂れて恭順を示す仕草をした。


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