09 青銀って言ったら
「青ってのはこの帽子みたいに青い何かを身につけてることが多いからさ。母ちゃんの好きな色なんだけどね」
少し顔をしかめてバジャサ少年は言ったが、先ほどから茶化しながらも親思いでありそうなことはうかがえた。
「じゃあ銀は?」
「銀って言うか、青銀って言ったらあれだろ」
バジャサはにやっとした。
「〈青銀の騎士〉ハサレック・ディア様さ」
「ああ、成程」
「……何だよ。ガキっぽいとか思ったか?」
オルフィの口調に何か引っかかったか、少年は少しむすっとした。
「いやいや、判るよ」
若者は手を振った。実際、そういう気持ちは実によく判る。
「〈白光の騎士〉ジョリス様も格好いいけどな、俺は断然、ハサレック様だ」
少年は剣を振るうような真似をして、それからしゅんとした。
「亡くなっちゃうなんて、思わなかったな」
「ん……」
半年から一年ほど前のことだったろうか。〈青銀の騎士〉の死の報は南西部にも伝わってきた。そのときはオルフィも衝撃を受けたし、結構な騒ぎにもなった。
(あれからまだ一年も経ってない)
(今度は……ジョリス様が)
ハサレックの訃報よりもそれはナイリアン中を揺るがすだろう。白光位ということもあれば、続けざまの出来事という感もある。ジョリスの死を容易に公表できないのはそうした事情もあるだろう。黒騎士に敗れたなどという話は隠されるかもしれない。
「あ、兄さんもやっぱりハサレック様に憧れてたのか?」
「え? あ、ああ、まあね」
何も嘘ではない。「ナイリアンの騎士」という存在に憧れを抱いていることは確かだ。
「だよな。ジョリス様と違って貴族じゃないから白光位にはなれなかったけど、おふたりで〈ナイリアンの双刃〉って言われたくらいだし、剣技はジョリス様にだって劣らなかったはず」
繰り返し少年は架空の剣を振った。
「俺もハサレック様みたいに、身分なんかなくても立派になろうって意気込みがある訳。で、情報屋〈青銀〉バジャサ。覚えてくれよな」
へへっと少年は笑った。オルフィも名乗り返した。
「ラーターってのは、ラトルスみたいなもんか?」
繰り返された聞き覚えのない言葉にオルフィは首をかしげた。
「はっ? 何だ、そんなことも知らないのかよ」
「騎士に憧れる」同志は一転、しかめ面でオルフィを見た。
「ぐ……」
オルフィは詰まった。
「ラトルスってのは案内所だろ。店の場所や町の場所、毒にも薬にもならない情報をばらまくだけ。一方でラーターってのは酒屋の親父の浮気話から昨今の政治情勢まで、ラル次第で何でも調べる有用な存在って訳」
「はあ……」
少年バジャサは鼻高々だったが、オルフィはぽかんとするだけだった。
「もっともこの市場の辺りじゃ誰もナイリアンの情勢なんか興味ないから、俺が知ってるのは『あの薬草師は腕がいい』とか『あの飾りものは造りがちゃちですぐ壊れる』とか、そんな話ばっかだけどな」
あははと悪びれずにバジャサは笑った。
「そうだ、ひとつとびっきりの情報がある。でもこんなのはここじゃ大して売れなさそうだから、兄さんにやるよ」
ぱちんと彼は指を弾いた。
「さっき、マレサと絡んだ姉さんがいたろ?」
「マレサ?……あ。あんたの妹か」
「そうそう。マレサから聞いて、ぴんときたんだ。さっきまで兵士たちが橋中を歩き回って探してた人物だってね」
「……どこかの、姫様?」
慎重にオルフィは尋ねた。
「当たり」
バジャサはにやっとした。
「その辺までは態度や身なりで判ったかもしれないけど」
判らなかったが、オルフィは黙っておいた。
「どこの姫様までかは判らなかったろ?」
「そりゃ、そこまでは」
「俺はそれを掴んだんだ。いちばん泡を食ってた兵士が見慣れない記章を身に着けてたんでね、そこからちょいと」
少年は手招きした。釣られてオルフィは近づいた。
「……ラシアッド」
バジャサはそっと囁いた。
「あの姉さん、下級貴族の姫様なんかじゃないぜ。東のラシアッド国の姫様……いや、王女様だ」
「な」
オルフィは目を見開いた。
「ま、まさか!」
「そう思うよな」
少年情報屋は若者の反応に満足したようだった。
「でも、そのまさか。ラシアッドの王女殿下がナイリアンにやってきてるのさ。おしのびで遊びにきたところ、世間知らずの姫様が迷子になっちまって、護衛が慌ててこっちの警備兵にも援護を要請したってとこなんだろうな」
うんうんとバジャサはうなずいた。
(おしのび……)
(いや、違う)
(だって王子の専属護衛が迎えに)
「なっ、ちょっと面白い話だろ?」
「え」
オルフィはまばたきをした。
「出鱈目かよ!?」
「違う違う。まじだって。ただ、俺たちにゃあれが王女様だろうと何しにきたんだろうと関係ない。『面白い話』で終わるだろうってこと」
バジャサは肩をすくめた。
「まっ、この辺でマレサの悪戯は勘弁してくれないか?」
「それはかまわないけど」
ジョリスの五十ラル銀貨は取り戻せたのだ。もう二度と盗まれたりしないよう、厳重に保管する方法をあれこれ考えたりはしていたが、あの子供を恨むようなことはなかった。
「盗みなんかやめろって言っとけよ」
「重々、言っとくさ。俺だって妹がお縄につくところなんか見たくないからな」
真剣にバジャサはうなずいた。
「さっ、俺はもう行くよ。そろそろ橋のたもとで旅人をとっ捕まえてネタを売りつけないとならないからな」
情報屋は帽子をかぶり直した。
「それじゃ、オルフィ兄さん。いい旅を!」