08 さっきは悪かった
あれから半刻程度経った橋上市場は、変わらず賑やかだった。
オルフィたちは今度は露店をのぞき込むこともせず、ただひたすら人を避けて――懐中にも気をつけて――橋を越えた。
「やれやれ。思わぬ時間を食ったな」
「でも片づいてしまえば面白い体験でした。そうですよね?」
何やらカナトはシレキに同意を求めた。
「お前、本当にオルフィが好きなんだな」
それに対してシレキはどこか呆れたように言った。
「どういう意味です?」
「いまのはオルフィが気にしないようにフォローしようとしたんだろ?」
「それは、その」
「はは、有難うな。でも気を遣わなくていいよ」
オルフィは手を振った。
「おっさんに何を言われたって気にならないからさ」
「む」
「それより、ちょっと休んでくか?」
橋にさしかかったとき、先ほどの兵士たちが去っていく姿が見えた。どうやらのんびりしても大丈夫そうだと橋を渡りながら話していたのだ。
「渡ったこっち側には食事の屋台も出てるみたいだし」
橋の西側に食べ物の気配はなかったが、東には様々な匂いが漂っていた。
「下手に場所を分けると客が分散しかねないからな。敢えて一ヶ所にまとめてるんだろう」
うんうんとシレキは知ったようにうなずいた。
「どれ、おお、あの割包が美味そうだ。隣の串焼きもいいな。お前たちは席を取ってろ、俺様が買ってきてやるから」
「何だ、おっさんこそ休みたかったのかよ」
「走らされたからな」
「俺は一緒に走ってくれなんて言わなかったけど」
「生意気言いやがって」
「まあまあ。とにかく少し休みましょう。僕は飲み物を買ってきます」
「あ、いや、俺が行くよ。カナトは席を取っておいてくれ」
「そうですか? じゃあ買い物はお任せします」
少年が応じたのにうなずき、オルフィはもう一度「席を頼むよ」と言って適当に歩き出した。
まだ昼飯には少し早いこともあってか、それほど混雑もしていなければ呼び込みもあまりない。もとより、声を張り上げて呼び込まなくても、あの人混みを歩けば誰でも休みたくなるということもあるだろう。ざわついてはいたが、橋上ほどの賑やかさはなかった。
(飲み物、飲み物っと)
果実を搾ったものを売っている屋台が目に入った。隣には地味だが薬草茶らしきものを出している店もある。
(飯に合わせるなら茶かな)
そう考えてオルフィはそちらに足を向けた。
「よう、兄さん」
(あんまり臭いの強い茶は苦手なんだよな。ただのカラン茶でいいか)
「なあ、そこの、包帯の兄さん」
はっとしてオルフィは振り返った。するとそこには、十五、六歳と見える少年が立っていた。
「え? 俺?」
「そうそう」
少年はにやりとした。
「あんた」
「何……って、あれ?」
見覚えがあると感じた。だがその顔は知らない。覚えがあるのは、少年のかぶっている明るい青色をした帽子だった。
「それ、さっきのガキんちょの」
「そうそう」
少年はまた言った。
「お揃いなんだ。うちの母ちゃんの手作り。ちょっとださいけど、親心ってやつは大事にしないとな」
「へっ?」
「さっきは悪かったな。うちの妹が迷惑をかけたみたいで」
「……へっ?」
「物盗りはやめろって言ってんだけどなあ、なまじ変に器用なもんだからそれで稼ごうとしちまうんだ。あとでケツ叩いて説教しとくから許してやってくれ」
「えっ? さっきの?……妹!?」
「あはは、男に見えたか? 仕方ないな、あんななりじゃ」
少年はけらけらと笑った。
「い、いや、取り戻せたんだし、その」
先ほどの子供が女の子だったというのも驚きだが――変態呼ばわりもさもありなん、である――、その兄らしい少年がわざわざ彼に声をかけてきたこともまた驚きだ。オルフィはしどろもどろになった。
「別に、警備兵に訴え出たりするつもりはないよ。もしあんたがそうしないでくれって言いにきたのなら、だけど」
「そっか。そりゃ有難い。でもそうされても仕方ないことは判ってんだ。俺はとりあえず、詫びにきた」
「そんなの、わざわざいいよ」
「ま、聞いてやってくれよ。妹の名誉の問題だ。あいつらと一緒に思われちゃ困る」
「あいつらって?」
オルフィは首をかしげた。
「この橋上市場を荒らしてる不良少年の集団がいるんだ。露店の売り上げを狙うのはまだ可愛いくらいで、浮かれた旅人を『向こうにもっといい商品がある』なんて騙して倉庫の影で身包みをはいだりする、性質の悪い奴らなんだ」
「へえ、そんなのがいるのか」
「兄さん、呑気そうだから気をつけなよ。ま、ディセイ大橋を離れちまえば奴らの被害は受けないだろうけど、街道には本物の山賊団なんかもいるんだからさ」
世慣れたように、またはそのふりで、少年は言った。
「この辺りは山賊なんかが出るのか?」
「出る出る。橋に向かう馬車なんかを狙うのがね。警備隊も警戒してはいるけど、ああいう連中は抜け目なくてなかなか捕まらないんだ」
少年は大人びて肩をすくめた。
「いまの情報は特別にただでいいよ」
「情報だって?」
「その通り。情報屋の〈青銀〉バジャサって言ったら俺のことさ。ま、兄さんは知らないだろうけど」
「悪いけど知らないよ」
正直にオルフィは返した。