07 憶測が合ってるなら
「専属護衛? そんなんが王子を離れていいのかよ?」
「普通は、よくない。だがいまののほほん姫様が重要人物なら、有り得るだろう」
「王子と聞いても驚いていませんでしたものね。自分が王子に迎えられる人物だという自覚があった訳です」
「それって、どういう」
オルフィは首をかしげ、それから小さく「あっ」と声を上げた。
「まさか!」
「有り得るかも、しれませんよ」
カナトはオルフィの気づいたことに気づいて肩をすくめた。
「でっ、でもいくら何でも、そんな人がこんな場所でふらふらしてなんか」
「グードという剣士の言っていた通り、予定外なのでしょう。もっとも、ウーリナ様がどちらの姫君なのかも判りませんから、憶測もいいところだとは思いますけれど」
「そうだよな……どこの姫なのかも判んないもんな……」
オルフィは建物の向こうに見えなくなった黒髪の少女を探すかのようにそちらを見つめた。
「ウーリナ、ウーリナ、と……」
シレキがぶつぶつと呟いた。
「この名前もどっかで聞いたことがあるような」
「シレキさん、案外博識なんですね」
「『案外』はないだろう。お前の三倍は生きてんだぞ」
「すみません」
「それで、どこの姫君なんだよ?」
「待て、思い出す……ううむ」
男はうなった。
「思い出せん」
「諦めが早いっ」
「別に、どこの姫君だっていいだろう。と言うか」
肩をすくめてシレキは続けた。
「お前さんたちの憶測が合ってるなら、近いうちに判るさ」
「んん……でも」
オルフィは頭をかいた。
「何だか、可哀相だな」
「あ? 何だって?」
「だって、レヴラールって偉そうな奴なんだ」
「王子殿下は偉くて当たり前だろう」
「そりゃそうだけどさ。そういうんじゃなくて」
ジョリスを貶めるようなことを言ったレヴラールに、オルフィはいい感情を持っていなかった。
「あんな奴にあんな優しそうなお姫様が嫁ぐなんて、やっぱり可哀相だよ」
レヴラールの妃が死んで一年。再婚の噂は引きも切らないが、相手は誰かという具体的な話になるとそれこそ憶測ばかりだった。
ウーリナがどこの姫であるのかは判らない。だが王子の専属護衛がこんなところまで迎えにやってくるとなれば、次の妃候補であるというのは十二分に有り得ることだ。
「オルフィ」
「ん」
「そんなに落胆しなくても。彼女が殿下の婚約者と決まった訳じゃありませんし」
「い、いや別に落胆は」
「何だ、様子がおかしいと思ってたらそういうことか」
「違う」
「ははっ、握手し損なったなあ、残念残念」
「違うって」
「だが一目惚れしても姫さんじゃなあ。諦めろよ」
「だあっ、もうっ」
オルフィは両手を振り回した。
「確かにちょっとは見とれたさ、でも俺は」
「あー、好きな娘がいるんだったな」
「そうじゃなくて」
「えっ? いますよね」
「いるけど。ってカナトお前な」
それを否定した訳ではないことくらい、カナトは判っていそうなのに。
「気になったのはあの不思議な力だよ。お前ら魔術師のくせに何とも思わないのかよ」
「俺は職業魔術師じゃないが」
「ええ、気になりますよ。でも」
「気にしたところでどうなるんだ?」
「気にしたところでどうなるんです?」
声が揃った。
「どう、って」
オルフィは何と返していいか迷った。
「興味、あるんじゃないかと思ってさ」
「僕はあのお姫様の不思議な力を研究している訳でもないですし、特に興味は湧きませんでした」
「興味がないと言うより、むしろ不気味かもしれんな。魔力がないことが判るのに魔術のような力を使っているかと思うと」
「そんなもんなのか」
「僕はそうでもないですけど」
「ま、感じるところはいろいろってとこだ」
シレキは大雑把、または当たり前に「人それぞれだ」と結論を出した。
「いくつもの意味で珍しいもんを見たな」
男はそれで終わらせた。
「まあ、確かに」
不思議な能力はともかくとして、正真正銘の――おそらく、だが――「お姫様」。それも王子の婚約者、ひいては妃殿下になるかもしれない人物。
「でもオルフィ」
カナトはちらりと彼を見た。
「本当に、彼女のことが気になっていませんか?」
「へっ? なっ、何だよさっきから」
「そんな気がしたものですから」
少年は真顔で言った。
「んー……何て言うか、ちょっとだけ、似てるかもって思ったけど」
彼は頭をかいた。
「ちっともそんなことなかった、ってのが本当かも」
「それは、リチェリンさんに?」
「そうだよ。文句あっか」
「いえ、文句は特にありません。言われてみれば少し、似ている雰囲気がありましたし」
「あ、カナトも思ったか」
同意を得られて安堵する。
「オルフィの好みというのが何となく判ってきたような」
「どっ、どうでもいいだろうが!」
彼の声は裏返った。
「何だ、オルフィの思い人ってのもあんな素っ頓狂な感じなのか?」
「違えよ、リチェリンはすごくしっかりしてる。神女になるためにいっぱい勉強してて……っと」
オルフィは顔をしかめた。
「そんなことはどうでもいいんだよ!」
「どうでもよくはない。若い内はたくさん恋をしとくもんだ。だが神女見習いとは望みの薄い相手を選んだもんだな」
同情するような視線がやってきた。
「気持ちは伝えたのか? ん?」
「あのなっ」
「オルフィは、リチェリンさんを困らせたくないそうで」
「カナトっ」
悲鳴のような声になってきた。
「人をからかうのも大概にしろよなっ」
「わはは、すまんすまん」
「すみません。面白かったもので、つい」
謝罪はきたが、受け入れがたい。オルフィはうなった。
「そんなことよりオルフィ、お前」
「何だよ」
「レヴラール王子と面識があんのか?」
「あ」
そう言えばその辺りはシレキに話していなかった。レヴラールの話は騎士サレーヒの話につながり、ジョリスの話につながると思ったからだ。
「あ、ああ。ちょっとだけ」
「へえ。まじか。それはあれか、籠手絡みか」
「ん、そう」
こくりとオルフィはうなずいた。
「んじゃいま、やばかったんじゃないか?」
「そうかもしんない。幸い、あいつはウーリナのことしか考えてなかったみたいだけど」
もしグードがオルフィと籠手のことを知っていれば、捕らえられた可能性もある。運がよかったと言えるだろう。
「さっさとこの付近から離れた方がいいかもな」
グードが知らないとも限らないのだ。いまはウーリナのことを優先したが、不意に思い出してオルフィを探されたら面倒。
「よし。そうと決まったら早く行こう。ここで橋を渡れなかったらもっと大回りをしなきゃならなくなる」