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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第3話 裏切りの騎士 第2章
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02 守り符

「そうですね」

 カナトも目をぱちくりとさせている。

「ナイリアールの活気とはまた違いますね」

「あれが一局集中してるみたいなもんか」

「そんなところだな」

 シレキは腰に両手を当てた。

「それにしても、強度は大丈夫なんでしょうか」

「うん? ああ、橋の強度ってことか。定期的に修繕はしてるらしいぞ」

「魔術も使っているかもしれませんね。これだけ賑やかだと気配も見つけづらいですが」

「確かに、なかなかの混沌状態だな。たまにはこういうのもいいもんだ」

「混沌、だって?」

 首をかしげてオルフィは尋ねた。

「勢いってのかねえ、人の生命の流れ……むむむ」

 何と言ったらいいのか、とシレキは額に手を当てた。

「波動、または気……人が生きていれば必ず発している力は通常、環境や感情に応じて変化します。訓練した魔術師は多少の抑制や解放を意図的に可能としますが、そうでなくても人は無意識の内にそれに強弱をつけているんです」

「……はあ」

 オルフィは口を開けた。

「そうそう、こうした場では自らと自らの商品を目立たせようと懸命になるからな」

 波動だか気だかが強くなるのだと、魔力を持つ者たちは大まかに説明した。

(それってのは、「声」がでかくなるのとどう違うんだ?)

 と魔力を持たない若者は思ったが、口をつぐんでおいた。

「何にせよ、気になる店があったら覗いてみろよ。思わぬ掘り出し物が見つかるかもしれないぞ」

「まあ、どうせ通るんだし、ちょっとくらいならいいか」

 オルフィもそんな気持ちになってきた。

 石橋の上は実に賑やかで、口上を聞いているだけでも楽しくなってくる。彼らは露店を冷やかしながら橋を進んだ。

 同じような考えの者は多いようで、人混みを歩き慣れないオルフィは見知らぬ相手とぶつかってしまうこともしばしばだった。

「あっと、ごめ」

「気ぃつけな、田舎もん」

 またしてもぶつかって謝罪をしようとすれば、やってきたのはそんな言葉だ。実際に田舎者であることは否定できないし、自分が悪かったと思うのだが、彼が反論しなかったのはそうした理由のためではない。

(いまの子、カナトよりも子供だよな)

(……あんな子にまで罵倒されるなんて)

 オルフィは「兄貴分として頑張りが足りない」という気持ちを思い出してがっくりきた。

「どうかしました?」

「あー、いやいや」

 何でもない、とオルフィは苦笑いを浮かべて手を振った。カナトの方はナイリアンに暮らしていただけあって人混みのすり抜け方は習得しているようだし、シレキも特に苦にしていないようだ。彼はますます情けない気持ちになった。

「あれっ」

 真ん中を少し越した頃だろうか、オルフィはふと足をとめた。

「おいカナト。見ろよ、あれ」

「どれです?」

「ほら、そこの飾りものさ」

 彼は赤い敷物の上に並ぶ小物たちを指差した。

「リチェリンさんに似合いそうなものでも見つかったんですか?」

「えっ? い、いや、そうじゃなくて」

 もごもごとオルフィは否定した。

「あれだよ。ミュロン爺さんから受け取った、お前の守り符に似てないか?」

 彼が指したのは首飾りになるよう革紐を通されている小さな円盤だった。

「本当だ。似てますね」

 カナトは目をぱちぱちとさせた。カナトが持っているのは鋳鉄製の黒いものだったが、こちらは塗装されているのか、白かった。

「いいものに目をつけたね、兄ちゃん」

 商人がにやりとした。

「こいつぁ〈湖の民〉のお守りだよ」

「〈湖の民〉だって!」

 オルフィは驚いた。

「そうそう、〈はじまりの湖〉エクールのほとりに暮らすという一族だ。湖神エク=ヴーを崇めているっていう、ね」

「湖神エク=ヴーっていうのは初耳だな。カナトは?」

「僕も初めて聞きました」

「俺も知らんな」

 三人が揃って言えば、商人は得たりとばかりに手を叩いた。

「や、これは知らなくても無理はない。エクール湖に神様がいるっていうのは〈湖の民〉独特の考えでね、広まってないんだ。だいたい、神様がいそうなほど広い湖もナイリアンにはほかにないしな」

 どこにでもいるものじゃないのだから聞かなくて当然だ、ということらしい。

「おじさん、〈湖の民〉のことに詳しいのか?」

 目をしばたたき、オルフィは尋ねた。

「詳しいってほどじゃない。これを売ってくれた民から話を聞いたんだ」

 商人は白い守り符を取り上げた。

「あんた、エクール湖に行ったのか」

 シレキが続けて問う。

「いやいや、そうじゃない。民たちは滅多に湖の傍から離れないらしいが、稀に修行だか何だかで旅に出る者がいるそうだ。わたしの出会った人物は旅慣れていなかったのか路銀に困っていてね」

 そこでこの守り符を買い上げてやったのだ、と商人は話した。

「この竜のようなものは何なんですか? 何かそういう話を聞きましたか?」

 符と商人を交互に見て、カナト。

「竜だって? いやいや、そうじゃない。これが湖神なんだ」

 商人は鼻をぴくりとさせた。

「湖神? これが?」

 オルフィはそれを手にとってまじまじと眺めた。

「竜がどうとか言ってたのはミュロン爺さんだよな」

「ええ。確かにお師匠は〈空飛ぶ蛇〉と呼ばれる翼なき竜の眷属だと言ってましたけど」

 カナトは隠しを探ると彼の守り符を取り出した。

「……同じに見えますね。一()の狂いもなくと言うのではなく、同じ意匠のようだという意味ですが」

「へえっ、確かにこりゃ同じだなあ」

 商人も驚いた顔をした。

「坊ちゃん、〈湖の民〉なのかね?」

「いえ、違います。いただいたものなんです」

 少年は首を振って曖昧な説明に留めた。

「これが湖神をかたどったものであるなら、〈空飛ぶ蛇〉の眷属だというのはお師匠の勘違いですね。お師匠も〈湖の民〉のことはほとんど知らないと思いますから」

「湖神がそのケンゾクなんじゃないの?」

 オルフィは適当なことを言った。商人が笑った。

「面白いこと言う兄ちゃんだな。竜なんていないだろう」

「すっごく昔にはいたんだろ。その頃に竜だかケンゾクだかを神様だって思って崇めてたんなら、いまも続いてるかもしれないじゃんか」

「ははは、かもなあ。七大神だって昔からの信仰が続いてるんだしなあ」

 商人は形の上では同意したものの、結局は冗談として笑い飛ばした。

「どうするね?」

「へ?」

「同じものを持っている、これもひとつの縁だろう。安くしとくよ」

「ああ、そういう意味か」

 思わず話に夢中になってしまったが、ここは商店なのである。商人の方では彼らの興味を引いて売れるなら売ってしまいたい訳だ。

「せっかくの縁だ。安くしとくよ」

 商人はにっこりとした。

「大負けに負けて、百五十ラル!」

「たかっ」

 思わずオルフィが声を上げた。確かに上質の飾りものなら数百ラルはしてもちっとも不思議ではないし、手持ちはクートントの「貸し賃」で少々潤っているが、これはこの先旅を続けていくのに必要な路銀だ。ちょっと縁があったからと言って高価な飾りものなど買っていられない。

「相場は最低でも二百だよ兄ちゃん。うちから負けるなんてことは滅多にしないんだ、これ以上は一(スー)たりとも引けないぞ」

 商人は顔をしかめた。

「もっと安くしてくれなんてんじゃないよ。そんなに出せないんだ」

 首を振ってオルフィは正直に言った。

「ラルがなくて困ってんのかい?」

 首をかしげて商人は尋ねた。

「ならむしろ、そっちの守り符を買い上げてやろうか」

「いやいや、困ってるってほどでもないから!」

 オルフィはカナトに黒い守り符をしまえと指示した。商人の言葉は親切心からかもしれないが、「対で並べたら高く売れる」などという商売根性のためかもしれない。現状では実際困っていないし、カナトが師匠からもらったものを売り払わせる訳にはいかない。

(実際の効果のほどはともかく、爺さんからもらったってことはたぶんカナトにとって)

(俺が父さんからもらった飾り紐とか、ジョリス様からもらった――)

 実際の効果ではなく、気持ちの上でとても大切なものなのではないか。そんなふうに考えながら彼は、そこで、固まった。

「どうしたんです? オルフィ」

「――……い」

「え?」

「どうした、青年」

「無い! ジョリス様の、五十ラル!」

 顔面を蒼白にして彼は叫んだ。


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