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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第3話 裏切りの騎士 第1章
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09 侵略か融合か

 やれやれ――とシレキは嘆息した。

「とんでもない寝ぼけ方をしたもんだな、青年」

「寝ぼけてなんかないっ」

 オルフィは両の拳を握った。

「本当に黒騎士を見たんだ! 話もしたし、戦いもした!」

「そこがおかしいじゃないか」

 シレキはじとんとオルフィを見た。

「噂の、ものすごい悪党だろう? まあ、子供殺しっていうのは実力の証明にゃならないが、お前さんが戦えるとは思えんなあ」

「そ、それは」

 あのときのことを考えると、妙ではあった。

(あれは、籠手がやった)

 そうとしか考えられないだろう。彼にあんな力はない。殴りかかったなら偶然当たるようなことならあるかもしれないが、あんな体術など学んだことはないどころか、見たこともない。できるはずがなかった。

(あんなふうに身体を操られるなんて怖いけど……昨夜は、助かったな)

 それが正直なところでもあった。

「まあまあ、シレキさん。オルフィは意外と、強いんですよ」

 カナトがそんなことを言った。

「相手が黒騎士でも、ちょっとくらいなら戦えるかもしれないほどです」

「フォローになってるのか、微妙だけど」

 オルフィは苦笑いをした。

「ありがとな」

「えっ、いえ」

「そうは見えんが、そうだと言うならそれでもいいさ」

 シレキはいい加減に手を振った。

「だが結局、黒騎士なんていなかったじゃないか」

「い、いたんだよ」

 本当に、とオルフィは繰り返した。

 あのあと彼は、考えた通りにシレキを叩き起こし――結果としてはカナトも起きた――泡を食って黒騎士の話をした。そのときはシレキも驚いて詰め所に駆けてくれたのだが、同じく泡を食った町憲兵たちが夜の町を大捜索しても黒騎士の姿は見つけられなかった。

 被害の話がなかったのは幸いなことだが、シレキは町憲兵から嘘つきと決めつけられて朝まで説教を食らった。そして戻ってきたところで、オルフィに苦情をぶちまけたというところだ。

「嘘だとは言わん。寝ぼけたんだと言ってるんだ」

「悪い夢を見ることはあるさ、でも寝ぼけてふらふらしたりしないよ」

「だが夜には町の門も閉ざされるんだぞ。黒鎧の剣士なんて門番は見てない」

「どうやって入ってきたのかも出て行ったのかも知らないよ。ただ、あいつは絶対にいたし、俺は話をして」

「はいはい、戦ったんだな?」

 シレキは完全に信じていない。オルフィは息を吐いた。

「カナト。カナトは信じてくれるよな」

「ええ、もちろんです」

 こくりと少年は真剣にうなずいた。

「大変な話ですよ、これは」

「大げさだ」

 シレキはひらひらと手を振る。

「ただの夢だよ」

「でもオルフィはこれまで、そんな〈夢歩き病〉みたいな真似をしたことはありませんよ」

「いままでしたことがなくても、旅の疲れが出るってこともある」

「そんなんじゃないってば」

「〈夢歩き病〉の奴は、自分じゃ判らないって言うぞ」

「どうしてそんなに俺を病気にしたいんだよ」

「病気にしか思えんだろうが」

「まあまあ」

 カナトがふたりの間に割って入った。シレキは片眉を上げる。

「なあ少年。何でもかんでも賛成するのがいい友とは限らないぞ。時には嫌がられようと、たとえ憎まれようとも真実を告げるのが……」

「そういう話じゃないっ」

 あれは断じて夢ではない。まるで悪夢のような出来事だったが、間違いなく現実だ。

 確かに疑問点もある。大いに。

「ああ、もう、俺ぁ当分この町にこれんな」

 ぶつぶつとシレキ。

「町憲兵連中に目を付けられたんじゃ」

「その、それについては、悪かったよ」

 嘘でも病でもないが、シレキに迷惑をかけたこともまた事実だ。オルフィは謝罪の仕草をした。

「でも夢じゃない、絶対に」

「もうどうでもいい」

 シレキは怒っていると言うより嘆いているようだった。

「お前についていくことが俺の運命の大いなる転換点だと思ったのに、まさか坂を転がり落ちるだけの転換ってことはないだろうな……」

「そこまでは面倒見らんないけどさ」

 思わずオルフィは言った。昨夜のことでは確かに迷惑をかけたが、勝手に見込まれて勝手についてこられていることには責任がない。

「俺はひと眠りする。お前らはいいよな、俺がガキみたいに叱られてた間、よーく寝られてよ」

 それこそ子供みたいな嫌味を口にしたかと思うと――のほほんと眠ってなどはいなかったが、オルフィは沈黙するしかなかった――シレキは踵を返し、手を振って部屋の方へと向かった。

「カナトも、眠ったらどうだ?」

 それを見送りながらオルフィは提案した。

「いえ、僕は大丈夫です」

 しかし少年は首を振る。

「それより、いまのうちにもう少し詳しくお話を聞きたいと思います」

「つまり、おっさんがいない間にってことか」

 気づいてオルフィが言えばカナトはうなずいた。

「昨夜は俺、支離滅裂だったもんなあ。正直、よくおっさんが信じてくれたと思うよ」

 慌てたこともあれば、シレキにジョリスや籠手の話をするのを避けたこともあって、黒騎士とのやり取りはカナトにもほとんど伝えられていなかった。

 刻はまだ早朝で、朝食を出すような食事処もまだ開いていなかった。ふたりは宿の外に出ると、街路に設置されている公共の木椅子に座り込んで話すことにした。

「正直、いまでも理路整然とは話せそうにない。思い出せる限り正確に話してみるけど」

 オルフィはそう前置いてからざっと話をはじめた。

 黒騎士が急に現れたこと、ジョリスの仇と思ってかっとなっとなり、身に覚えのない体術で戦ったこと。

「体術、というのがすごい話です」

 まず少年はそう言った。

「ナイリアールで最初に力が振るわれたとき、オルフィは驚いていましたよね。『指先まで操ったのか』と」

「ああ。だけど今回は指先どころじゃない」

 全身だ。前のときのように腕だけ伸びたというのでもなく、まるで訓練した兵士のようになめらかな動きで黒騎士を捕まえた。

「侵略か融合かによっても問題や対応は違ってくると思います」

「な、なに?」

 突如怖ろしい言葉と難しい言葉が降ってきて、オルフィは目をぱちくりとさせた。

「ああ、すみません。その、どう言えばいいかな」

 魔術師は悩んだ。

「脅すつもりはないんですけど、籠手の力が思っているよりもずっと強くて、オルフィを支配しようとしていると考えた場合。それが『侵略』です」

「ちょ、ちょっと待て」

「『融合』というのはもう少し穏やかで、オルフィの意思を完全に乗っ取ってしまったりはしません。力を貸すという感じですね。でもその力を受け入れることによってオルフィ自身が変質する可能性が出てきます。安全とは言えません」

「あ、あの……」

 真顔の講義に、オルフィはしかし焦るよりも単純についていけなかった。

「全く知らない技術がとっさに出ることは有り得ない。籠手の力であることは間違いないでしょう」

「そのことは、俺も疑ってないよ」

 彼にできるはずがない。だができた。ならばいま彼に属している「彼」ではないもの――〈閃光〉アレスディアのせいに決まっている。

「襲われそうだったというんじゃないんですよね? オルフィから仕掛けた」

「ん、まあ、そういうことになるかな」

 オルフィは声を落とした。

「『あの人』のことを思ったら……かっとして」

「そこは非常にオルフィらしい、と言うのかもしれませんが」

 カナトは少し息を吐いた。

「それだけに、判りませんね。オルフィから喧嘩を売ったことが、籠手の影響によるのかどうかは」

「え……それってのは、つまり」

「はい。先ほど言った『変質』、オルフィの『人が変わる』可能性の話です。考えておくべきだったかもしれません」

「いやっ、でも、誰にでも喧嘩を売ったりは、しないけど」

 いささか慌ててオルフィは主張した。

「判ってます。でももしかしたらそれは『いまは』ということになるかもしれません」

 どうにもカナトは真剣だった。

「籠手の例は聞いたことがありませんが、支配の指輪というものがあります。戯曲『テンファン』はご存知ですか?」

「いや、聞いたことないや」

「僕も書物で読んだだけですが、こんな話です」

 魔力を持ったひとつの指輪が人々の間を転々とし、悲劇を引き起こすのだと言う。〈呪いの宝石〉の物語と違うのは、美しさに魅入られた者が所有者を殺めて奪おうとするのではなく、狙われても指輪の力を得ている所有者が返り討ちにしてしまうという辺りだ。

 指輪〈テンファン〉は持ち主を(むしば)み、善良だった人物がやがて悪魔(ゾッフル)のような所行を為すようになる。愛の言葉もその耳には届かず、所有者はやがて慈しんだ家族をも死に至らしめてしまうという悲劇だ。

「最後には所有者は指輪の魔力から解放されるんですが、それは彼が改心したからじゃない。指輪が彼を空っぽになるまで食らい尽くし、廃人同然となった彼を捨てたからです」

 カナトは淡々と話し、厄除けの仕草をした。オルフィも生唾を飲み込んで同じようにした。

「怖い話があるもんだな」

「確かにこれは作られたお話ですけれど、もとになっている事実はあるんですよ。テンファンという名前ではありませんが、支配の指輪というのは存在しますから」

「アレスディアが、そのテンファンみたいな力を持つって言うのか?」

「それは判りません。人々を助けたラバンネルがそんな怖ろしいものを作ったとは思えませんが、昨夜の話はまるでオルフィが籠手に支配されたかのようです」

「じょ、冗談……」

「少し言い過ぎたかもしれません。でも僕の術をもっと強化しないとならないかもしれませんね」


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