08 刃を合わせることを楽しみに
「なに、何を」
黒騎士の言葉が何を示しているのかさっぱり判らない。
(でも)
(こいつのごたくなんてどうでもいい!)
オルフィは再び身構えた。
「もう一度だ!」
「目覚めたなら、その価値もあるだろう」
言って黒騎士は首を振った。
「いまは死に急ぐな。やがて刃を合わせよう」
「ふざけるな! ジョリス様の無念は俺が晴らす!」
頭に血が上った若者は、自分がどんな無茶を言っているかなど考えなかった。
「ジョリスだと」
そのとき黒騎士は――疑いようもなく――笑った。
嘲笑った。
「くくく……ははははは!」
「何が、おかしいんだ!」
若者は怒りに燃えて叫ぶ。
「どうせお前がとんでもなく卑怯な手を使ったに決まってるんだ! あの、あの人がお前なんかに負けるはずが」
「生ける英雄、〈白光の騎士〉様か」
いや、と黒騎士は笑いを含んだ声で続けた。
「死んだのだったな。『怖ろしい黒騎士』の黒き剣に貫かれて。ジョリス・オードナーも晴れて本当の英雄に仲間入りだ」
「この」
明らかなる揶揄に、オルフィの怒りはますます燃え上がる。
「ジョリス様は! お前の非道をとめるために」
「そのような話をしているのではない」
黒騎士は淡々と遮った。
「お前が〈白光の騎士〉の仇を討とうなどと考える、それがたまらなく可笑しいだけだ」
「馬鹿にするな!」
何の力も――「心得」もないくせにおこがましいと、そうしたことを言われているのだと思った。
(確かに俺には何の力もない)
(でも、この)
(この籠手なら)
(〈閃光〉アレスディア)
(俺に力を貸してくれ!)
装着してしまったときから彼の「罪」の象徴であった籠手に、彼はこのとき願った。
まるで神に祈るように。
そのときだった。
(籠手が)
(光ってる……?)
美しく青い籠手を隠した包帯がぼんやりと光に包まれた。それはまるで、オルフィの願いに応えたかのようで。
「面白い」
黒騎士は言った。
「お前がその籠手を使うのか。それを知ればアバスターは果たしてどう思うかな」
(こいつ、アバスターを知ってるのか?)
オルフィのように「昔の英雄として」知っていると言うのではない。まるで直接、知っているかのような。
(まさか、こいつ……)
すっとオルフィの脳裏によぎるものがあった。
だがその考えはあまりにも不吉で、彼は自身の想像に身の毛がよだった。
「また会おう。眠れるものが目覚めたとき、刃を合わせることを楽しみにしている」
「な、何だって……?」
いったいどういう意味なのか。オルフィは目をぱちくりとさせた。
(楽しみ?)
(刃を合わせる、だって?)
彼は剣など使えない。仇を討つなどと言ってみたところで気持ちばかりで、実力はかけらほども伴わないと言うのに。
「お前自身のことを知りたければ、エクールの神子を連れて〈はじまりの湖〉へ行くといい。そこに全てがある」
「え……」
だがそれ以上、彼は問うこともできなければ何も耳にすることもなかった。黒衣の剣士はその言葉を最後に、音もなく闇に消えた。
「なん……何なんだよ、いったい……」
へたり、とオルフィは石畳に座り込んだ。
さわさわと風が吹く。夜のしじまが再び彼と、この邂逅をじっと見守っていた石像を包み込んだ。
籠手の光も、いつしか消えていた。
(目覚めるとか)
(エクールの神子に、〈はじまりの湖〉とか)
(俺自身のことを知るって、何だ?)
さっぱり判らない。
(惑わそうってだけの、ごたくだろうか)
そうかもしれない。何も気にすることはないのかもしれない。
しかし妙に引っかかった。
黒騎士はいま、確かに目の前にいた。
だがあの剣士は――オルフィに向かって話していたのだろうか?
(……何を考えてんだ、俺は)
この場にはオルフィしかいなかったし、黒騎士は間違いなく彼に対して話をしていた。
(でも、もしかしたら)
(誰かと間違えてる?)
そうかもしれない、と思った。「最も資格がない」などというのはオルフィに能力がないという意味ではないのでは。
黒騎士の言った人物は「技能のないオルフィ」ではない。技能の有無は判らないが、どういうものにせよ確固たる理由があって「資格がない」と判定する誰か。
(ううん、こんな推測には意味ないな)
何の根拠もない想像であり、なおかつただの惑わしの言葉という可能性もある。
(でもそんなことより)
(あいつ、いったいどうしてこんなところに?)
(……あっ、まさか!)
そこで彼ははっとした。
(この町の子供を狙ってるのか?)
(だとしたら、へたり込んでる場合じゃない!)
立ち上がってオルフィは辺りを見回した。黒騎士の気配はなく、どちらへ行ったのか見当もつかない。
(町憲兵隊に……)
(あ、俺じゃ駄目だ。捕まっちゃうかも)
手配書がここまで回っているかはまだ判らないが十二分に有り得ることだ。のこのこと詰め所を訪れれば捕らえられるばかりか、黒騎士の捜索を後回しにされてしまうかもしれない。
(おし)
(シレキのおっさんを叩き起こそう!)