06 覚えておくんだね
「待っていたよ」
「ひ、人違いじゃないかな」
いささか後退気味にオルフィは言った。
(ここがナイリアールのど真ん中だってんならまだしも、大してでかい町でもないし、南西部ほどじゃないにしても「どっちかって言うと田舎」って雰囲気だぞ)
(田舎もんが着飾っちゃいけない訳じゃないけど)
(やりようがあるだろ……)
わざとらしいほどの格好は、まるで芝居の役柄のために特徴を強調している役者のよう。そんなふうに思えた。
「嫌だなあ」
くすくすと相手は笑った。
「人違いなんかじゃないよ。君はアイーグ村出身のオルフィと呼ばれる、十八歳の未来ある若者だろう?」
「はえっ?」
にっこりと言われてオルフィは口をぱかっと開けた。
「な」
「そんなに驚かなくてもいいよ。まあ、君がみんな忘れてしまっていることも承知だ」
「忘れてる?」
オルフィは戸惑った。
「その。あんたのことを? 悪いけど確かに覚えてない……」
こんな派手男は一度見たら忘れないと思うのだが、全く記憶になかった。
「あはは、正直なオルフィ! 普通はごまかして、相手に探りを入れるものだけれど」
「そんな器用な真似、できるもんか」
「そう?」
青年は笑いながら首を傾げた。
「昔の君は、それなりに器用だったけどね?」
「――昔の?」
やはり判らない。心当たりがなかった。
「あんた、いったい誰なんだ?」
顔をしかめてオルフィはまっすぐに尋ねた。
「思い出してくれればすぐに判るんだけれど」
肩をすくめて青年は言う。
「そりゃ、そういう理屈になるだろうけどさ。全く判らないんだ。せめて手がかりでもくれなくちゃ」
「そうだねえ、どうしようか」
灰色の髪をした青年はくすくすと笑った。
「でも君自身の力で思い出してもらいたいなあ。あの素晴らしく燃えた夜のこと」
「何だって?」
彼は顔をしかめた。
「あのときまで僕たちはとても仲がよかったんだ。だと言うのに無粋にも、僕たちを引き裂いた者がいる。でも恨みはしないよ。それもまた運命……ふふ、ねじれた〈定めの鎖〉が描く醜悪な紋様も、僕は嫌いじゃない」
「な、何言ってんだよ」
オルフィは引き気味だった。
「定めの……あんた、魔術師か?」
カナトの口にする言葉だと気づいて彼は尋ねた。青年は目をぱちくりとさせて、それからぷっと吹き出した。
「魔術師か! そう見えるかい?」
「いや、見えないけどさ。魔術師が言うみたいなこと言うから」
「へえ、魔術師が身近にいるのか」
「まあね」
「ふうん」
青年はじろじろとオルフィを見た。
「気をつけるんだね」
「はっ?」
「魔術師っていうのは胡散臭い連中だよ。でも『陰気で何を考えてるか判らない』なんて言われる定番の魔術師像通りの魔術師は無害なくらいでね。よく喋ったり、人当たりのよさそうな魔術師ってのがむしろ危なかったりするんだ」
「あんたは何か、人当たりのいい魔術師に個人的な恨みでもあるのかもしれないけど、誰も彼も一緒くたにするのはどうかと思うよ」
オルフィは肩をすくめた。
「『魔術師だから』どうとか言うのは偏見ってやつ。性質の悪い思い込みだ。俺は別にあんたの価値観を矯正するつもりなんかないけど、友だちを悪く言われるのは気に入らない」
「友だち」
青年はくすりと笑った。
「何がおかしいんだよ」
少しむっとしてオルフィは刺々しく返した。
「君には友だちなんかいないよ。誰ひとり」
「あ、あのな。何を言い出すかと思えば」
オルフィは怒るよりも呆れてしまった。
「いるさ、何人も。そりゃあ喧嘩だってするし、いつでも仲がいいって訳じゃないけど……」
「いないね」
ふふ、と青年は笑った。
「それは幻だよ。どうしてって、君はひとりだから」
「意味が判らん」
顔をしかめ、オルフィは首を振った。
「覚えておくんだね。最後に君が頼るのはその友だちなんかじゃない、この僕だってこと」
「何だって?」
さっぱり判らない。オルフィはしかめ面のままだった。
「もしかして」
彼ははっとした。
「あんた、やっぱり魔術師なんだろ。魔術を使って、俺の名前を知ったんだ。それで適当なことを言って惑わして……」
「惑わしてどうするの? いまの流れで、君が僕に大金を払ったりする?」
「この先どんなふうに続けるつもりだったか知らないけど、あんたの意味不明な言葉に不安になって、高価な厄除けの類を買わされる奴もいるのかもしれないとは思う」
村でそんな話を聞いたことがある。人を信じやすい田舎者を狙って、何の役にも立たない品を不当に高く売りつける悪徳商人の話。酷い奴がいるものだと憤然とする一方、自分は気をつけようと戒めたことを思い出す。
「俺は騙されないよ。じゃあな」
相手をしたのが間違いだった。オルフィはそう思って内心で毒づいた。
「……できれば、真っ当にやれよ」
そうとだけつけ加えて、彼は足早に青年をあとにした。残された青年は目をしばたたき、それから声を上げて実に楽しそうに笑ったが、幸いにしてと言おうか、オルフィにその笑い声は届かなかった。
――オルフィが駆けるようにして協会にたどり着けば、ちょうどカナトが奥から出てきたところだった。
どうだったかと気軽に問えば、少年は浮かない顔で収穫がなかったことを告げた。
「すみません」
シレキの待つ食事処に集合すると、カナトはまず頭を下げた。
「謝るなって」
例によってオルフィは手を振った。
「カナトのせいじゃないだろう、どう考えても」
「それはそうなんですけれど、てっきり何か掴めると思っていたものですから」
「協会は何て言ったんだ?」
「日時、せめて最低でも年くらいは判らないと調査のしようがないと」
やはり申し訳なさそうに少年は言う。
「言われてみりゃ、当たり前だな」
シレキが呟いた。
「ま、確かに言われてみればもっともだし、仕方ないな」
オルフィもうなずいた。
「とにかく、今日は飯を食って風呂に入って、休んじまおうぜ」
気に入らないことは風呂で流してしまおう、などと若者は大雑把なことを言った。
(ついでにさっきの変なキザ男のことも)
こっそり思って彼は厄除けの印など切った。
「先のことはまた明日にでも考えればいいさ」