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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第3話 裏切りの騎士 第1章
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03 難しいと思います

 徒歩で街道を行くのは久しぶりだった。

 父ウォルフットのところに行こうとルタイの詰め所まで歩いたり、カルセン村に行ったリチェリンに会おうと足を向けてみたりしたこともあったが、クートントを手に入れてからはずっと荷馬車ばかりだった。

 日々動き回っているから体力は充分あるのだが、歩き続けるというのは少々違う話だ。疲れたとは思わなかったものの、少々面倒臭い気持ちになった。

「それで、〈導きの丘〉ってのは?」

 散策にはよい天気だったが、ただその辺を歩いて戻ってくるという訳でもない。叶うとは思えないが、目的があるのだ。

「向こうだ」

 〈導きの丘〉は街道から少し北に外れた茂みの向こうにあるようだった。

「な? 俺様が道案内にきてよかったろ?」

 シレキは鼻高く言った。

「あんたがいなければ、町の人に確認したよ」

 オルフィは公正に答えた。

「でも行ってどうすんだ? ラバンネル術師が数十年ぶりに偶然やってきてるところに運よく行き合おうとでも?」

「可能性はどんなにわずかでも存在する、ってのが魔術師の口癖じゃないのか」

 カナトからの聞きかじりを披露すればシレキは肩をすくめた。

「厳密なことを言えば、俺は魔術師じゃないんだ」

「あ?」

「魔力を持っていても魔術師として生計を立てているとは限りませんから」

 少年が説明した。

「それを言うならカナトだって『生計を立てている』訳じゃないだろ?」

「確かにいまは見習いみたいなものですね。じゃあこう言い換えます。意志の問題ですと」

「自分で魔術師だと思えば魔術師?」

「そんなところです」

(変な話だ)

(いや、そうでもないか?)

 少し彼は考えてみた。

(たとえば剣を持っててそこそこの技能があっても、畑を耕してたら戦士とは呼ばれない、みたいなもんだと思えば……普通か)

 どうにも「魔術師」というのは特異なものだと思ってしまう傾向があるな、とオルフィは思った。もっともたいていはその通りなのだが。

「それじゃシレキさんは何をしてるんです?」

「ん? 仕事か?」

「ええ」

調教師(キロス)だ」

「キロス?」

「動物をしつけるんだよ。たいていは、(ケルク)(テュラス)なんかだな」

「へえ、そんなお仕事もあるんですね」

 知りませんでしたとカナトはまばたきをした。

「でかい仕事になると、見せ物一座(トランタリア)用の危険な獣をしつけたりもする。(アルス)だの(ヴァラス)だの。見たことあっか?」

「ありません」

「俺もない」

「……はい?」

「つまり、そんなにでかい仕事はやってないって訳だ」

 わははと笑ってシレキは言った。はあ、とカナトも曖昧に笑った。

(ミィ)はしつけられなかったのかよ?」

 思わずオルフィは言う。別に嫌味や皮肉のつもりはなく、純粋な疑問だ。

「馬鹿野郎。猫ってのは高貴な生き物なんだ。人間の言うことなんぞ聞かないのがまた、魅力な訳よ」

「それですと、使い魔にするなんていうのはもってのほかですか?」

 少年魔術師は尋ねた。

「猫というのは魔術と相性がいいと言われますけれど」

「魔術師が猫を使い魔にするというのはだな、魔術師連中が思ってるようなことじゃないんだ」

 ふんとシレキは鼻を鳴らした。

「猫の方で、こいつにならつき合ってやってもいいかと思えば契約に応じる……猫たちはちゃあんと考えてんのよ」

「はあ」

「あんた、どんだけ猫が好きなんだよ」

 「使い魔」のことはよく知らなかったが、ふたりのやり取りからだいたいのところを推測し、オルフィは苦笑いを浮かべた。

「確かに仔猫なんかは可愛いけどさ」

「小さかろうが大きかろうが関係ない!」

 シレキは力説した。

「だが可愛いと思うのであればオルフィ、お前にも素質があるぞ」

「何の素質だよ!」

「マズリールに再会できたら紹介してやってもいい」

「遠慮する」

 渋面を作ってオルフィは手を振った。クートントに話しかけたりするだけあって彼はどちらかと言えば動物好きなのだが、それでも「猫に紹介してもらえるなんて嬉しい」とまでは思わなかった。

「ま、とにかくここが〈導きの丘〉で、あれがタクシュの大木だ」

 シレキは友人でも紹介するかのように手を差し伸べて言った。

「生憎だが、ラバンネル術師はいない」

「ほんと、生憎だ」

 まさか運よく偶然求める相手がこのときこの場所にきているはずもない。だが少しだけ、期待していたところもあった。

「でも一応、丘に登ってみるか?」

 一応、とオルフィは繰り返した。

「そうですね」

 一応、とカナトも言った。

 丘と言っても少々小高くなっているという程度だ。彼らは人の足で踏み固められた道を歩いてタクシュの大木の生えているいちばん高いところまで登った。

「ここでラバンネル術師が瞑想していたんですね」

 少年魔術師はどこか感慨深げに言うと、大木にそっと手を触れた。

「――ああ、これはとても強い樹木です」

「へ?」

「確かにな」

 シレキも同じように幹に手を触れ、うなずいた。

「これだけでかいし、古いんだろうな。この辺りじゃいちばんの長老だ」

「とても心地よいですね。まるで魔力筋が地上から空に流れていこうとしているかのようです」

「ははあ、巧い言い方をするなあ。まさしく、そんな感じだ」

 魔力を持つふたりはうなずき合った。

「でも気分がいいというだけで、特に魔力を刺激するというようなことはありませんね」

「それはそうだろう。ラバンネル術師ともあろう者が、外からの助力なんか必要とするもんか」

「もっともですね」

 両者は通じ合っているようだが、オルフィにはぴんとこない話だ。

(何だかちょっと……疎外感)

 そんなことをつい考え、はっとしてオルフィは首を振る。

(馬鹿らしい。別に仲間はずれにされてる訳じゃないんだから)

「カナト」

 こほん、と彼は咳払いをした。

「何か判るもんか?」

「正直、難しいと思います」

 大木から手を離し、少年は顔をしかめた。

「たったいまここで魔術が振るわれたとでも言うのであればその痕跡を探り、場合によっては術者を追うこともできますが、三十年も訪れていないというのであれば……」

「まあ、そりゃそうか」

「あー、無理無理」

 シレキが手を振る。

「そいつぁ、俺様がラバンネル術師でも無理」

 ラバンネルであればラバンネルの痕跡を探す必要などないのだが、そこの矛盾(レドウ)には目をつむり、オルフィも「そうだよな」と呟いた。

「まあ、もしかしてと思ったんだ」

「お前、魔法なら何でもできると思ってないか?」

 シレキが顔をしかめた。

「思ってないよ」

 ひらひらとオルフィは手を振る。

「『何でも』できてたらとっくに解決……」

「うん?」

「いや、何でもない」

 もとより、彼に存在する「問題」、籠手アレスディアにはラバンネルの魔術が関係している。ラバンネルは何もオルフィを困らせようと籠手に術をかけた訳ではないはずだが、どうであれ、いま現在アバスターの籠手はオルフィの左腕にある。

 どうすればいいのか。

 答えが出ないまま――オルフィに同情的に言うのであれば、考える時間のないまま――ナイリアールを逃げ出して東部にやってきた。

 大導師ラバンネルを探すという目的はろくに手がかりもなく、道行きは見えない。

「ま、ともあれ俺はマズリールを探すとしよう。彼女はここに何の縁もないはずだが、万が一ということもある」

 シレキはむーんとうなって眉間にしわを寄せると、目を閉じて何か集中する様子だった。

「……ううん、やっぱりいないようだなあ」

 少ししてから男は嘆息する。

「そんなんで判るのか?」

「おう。俺様とマズリールの間にはだな、ふかぁーくつよぉーい絆が」

「その割には逃げられたんだよな」

「ぐっ」

 猫男は詰まった。

「ああ……麗しのマズリール。俺の何が悪かったと言うんだ。何でも直すから、どうか戻ってきておくれ……」

 芝居がかってはいるが、もしかしたら本気なのかもしれないと思えてきた。

「――ん?」

 そこでオルフィはぱっとカナトを振り返った。

「何だ?」

「……はい?」

 カナトは目をぱちくりとさせた。

「何ですか?」

「あれっ。いま何か言わなかったか」

「いえ、何も」

「そっか」

 彼は黒髪をかいた。

(誰かが俺を呼んだと思ったんだけど)

 ここにはカナトとシレキしかいない。囁くような声が前方をざかざか進むシレキの発したものとは思えず、すぐ後ろのカナトが何かこっそり相談でもしようと声をかけたのだと思ったが――。

(違ったみたいだ)

 そのとき、ふわりと風が吹いた。オルフィはぞくりとした。

「何だか急に冷えてきたな。風が冷たい」

 彼は呟き、両手で自分の身体を包んだ。

「これから夏になろうってのになあ、おかしなもんだ」

「オルフィは寒さが苦手なんですか?」

「ん? まあ、どうかなあ。別に普通だと思うけど」

「出身はどこなんだ?」

 振り返ってシレキが尋ねた。

「南西のアイーグって村だよ。たぶん知らないんじゃないかな」

「うむ。知らんな」

 悪びれずにシレキは言った。

「あったかいところなのか?」

「別に普通だと思うけど」

 戸惑いながらオルフィは繰り返した。

「何で?」

「いや、ちっとも寒くなんてないからさ。ずいぶんな寒がりだと思ってな」

「寒いなんて言ってないだろ。ちょっと冷えてきたなって言っただけだ」

 少しむっとして若者は言い返した。

「それにしたって大して冷えてなんかないぞ」

「オルフィ、もしかしたら病の精霊(フォイル)に憑かれたんじゃありませんか?」

「カナトまでそんなこと」

 彼は苦笑した。

「大丈夫さ、体調は万全だよ」

「それならいいんですけど」

 と言いつつも少年は心配そうだった。

(心配かけてばっかりだなあ)

 何とか払拭、または挽回しようと、オルフィは笑みを浮かべてみせた。

「生憎と丘には何にもなかったみたいだけど、んじゃ次に行くとしようか」


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