02 あなたの選択が
「彼?」
ヒューデアは片眉を上げた。
「それは、誰のことだ」
「急に強く輝き出したあの星……思わぬ定めに翻弄される若者。彼はあなたの敵ではありません。戦うべきは――うっ」
占い師は頭を押さえた。
「ああ……痛い……!」
「ピニア殿」
青年はさっと立ち上がると彼女に手を貸そうとしたが、ピニアは首を振った。
「大丈夫、です。ですが、これ以上は」
彼女は顔を上げたが、その色は青ざめていた。
「――言えない。言うべきことであるのに、言うことが、できません」
「〈星読み〉に制限がかかることがあるというのは判っている。気にすることはない」
未来を見る者たちは、しかし自らの明日については何も知ることができない。それは一種の防御装置だとも言われる。たとえば自分自身やごく親しい者の死を視てしまえばとても平静ではいられないからというような理由だ。
「そうではない……そうでは、ないのです」
ピニアは両手を顔に当てた。
「私は……逆らえない。口惜しい……この目に相応しいだけの力があれば……」
占い師の目に涙が浮かんだ。ヒューデアは驚いた。
「どうしたのだ」
「ヒューデア殿」
目を潤ませて、彼女は剣士を呼んだ。
「お願いです、彼を助けて。それはジョリス様をお救いすることにもなります」
「ジョリスを? だが、ジョリスは……」
「このままではあの方は、王家の宝を盗んだという不名誉な罪を被せられるだけではない、黒騎士に与した裏切りの騎士とも言われることになりましょう」
「何だと? 誰がそのようなことを言う!」
かっとなったようにヒューデアは叫んだ。
「誰もが言うようになる前に、どうか……!」
「俺にできることならば、何でもしよう」
ヒューデアは誓った。
「だからピニア殿、教えてほしい。あなたの言う『彼』とは誰だ。俺はどのように手を貸せばいい」
「あなたの、剣を」
「剣の腕を貸せばよいのか。安い用だ」
こくりと剣士はうなずいた。
「だが、誰のことを言っている。どこにいる人物だ。それを聞かなければ、何も」
「――言えません」
「何だと」
「視ることは、できる。ですが私が視てしまうと……それは彼の身に危難を呼ぶことになります。ですから」
視られません、と占い師は首を振った。
「しかし、それでは困難だ」
戸惑ってヒューデアは言った。
「あなたの……心に」
ようよう、ピニアは言った。
「いま、あなたの心にかかっている事例があるはず。それを……追うのです」
「何」
やはり彼は戸惑った。
「それは……だが、しかし……」
「あなたの役割ではないと、誰かが言いましたね。ああ……サレーヒ様……?」
軽く瞳を閉ざし、ピニアは何かを見た。
「その通りだ」
ヒューデアは認めた。
「〈赤銅の騎士〉殿と話をした。彼は、この出来事は王城が仕切ることだと言った。同意せざるを得なかった」
「本当は?」
ゆっくりとピニアは問うた。
「本当は……」
青年はうつむいた。
「じっとしてなど、いられない。黒騎士退治をジョリスに託されたと思うのはいささか厚顔であるかもしれないが、俺の望みは、彼の遺志を果たすことだ」
「思うままに、行きなさい」
彼女は繰り返した。
「この出来事に関わる星がすぐ傍にあります……いまから出会うところです」
「出会う? 誰に?」
「人であるとは限りません。ものであるやもしれません……ああ、あなたにだけ見えるもの、聞こえるものを大切に……」
「――判った」
占い師の指示は明瞭ではなかった。だが彼は判ったと答えた。「ヒューデアにだけ見えるもの」とはアミツのことを指しているではとも思ったが、そうではないかもしれない。ただ覚えておくべきだと感じた。
「出会います。すぐに。あなたはどうかそれを保護して。そうすることがあの方を救い……あなた自身をも……」
ピニアは瞳を押さえた。
「無理はするな」
「大丈夫。いまは」
まばたきをしてピニアはうなずいた。
「どうかお願いします、ヒューデア殿。あなたの選択がこの国を救う」
「何だって。大げさではないか」
「視えるものをお伝えしているだけです」
真摯に占い師は言った。
「どうか、彼を助けて下さい……」
「俺は」
青年剣士は目を伏せ、それからすっと顔を上げた。
「あなたの言うことを全て理解できたとは言えない。だが確信した。ここで足をとめることは誤りだ」
「では」
「行くとしよう。俺の持てる技を全て賭け、俺自身とそしてジョリスのために」