水晶の魔窟③
第八話 『水晶の魔窟③』
【水晶竜】クリスタルドラゴン(等級:A+)
・一匹で街を滅ぼし、国を傾けうる力を持つドラゴンの一種であり、長い年月をかけて周囲の水晶を取り込み、体表を覆っている。
・筋力、硬度、知能に優れているが、動きは愚鈍。口からは周囲の光を屈折させて高熱の光線を放つ。
「ルー!!生きてるやつの避難!少なくともこの広間から出てって!!」
ルキアが何か叫んでいる。それは分かるのに頭に入ってこない。
……俺は今まさに死にかけた。仲良くなれたと思った少年を一瞬で奪い去っていった眼前の怪物によって。
そして今この瞬間にも怪物姿は薄く、見えなくなっていく。
「こんな時に使えないっ…………七色魔術!」
理性が戻ったのはルキアが怪物と応戦を始めてからで、怪物vs怪物の戦いに巻き込まれそうになったところをあの少年の仲間が俺を引っ張って広間の外に出してくれた。
「grrrrr…………」
「青緑、大寒波【ブリザード】!!」
先手を入れたのはルキアだった。透明化していたドラゴンの体表に霜が降り、輪郭が顕になる。
しかしそれだけだ。怪物は自ずから姿を現し、首をうねらせると一筋の光線を吐き出す。
「っ……黒、淵穴【ブラックホール】」
黒色の盾が光からルキアを守る。
「 、魔槌【ムジョルニア】!」
「Grrrrrrraaaaarrr!!!!!」
突如として怪物が苦悶の絶叫をあげる。良く見ると胴体の水晶が砕け、下の皮に食い込み流血している。
「………grrrrrrr」
怪物がルキアではなく、こちらを睨み付け、首をうねらせ…………
「お前の相手はボクだッ……!」
間一髪で再びルキアの眼に見えないアッパースマッシュが当たり、光線は怪物の口の中で暴発した。
「繧ー繧ョ繝」繧「縺ゅ≠繧「繧「縺ゅ≠縺√≠繧ェ繧ェ縺翫♂??シ滂シ?シ?シ!!!!!!」
この世のものとは思えない絶叫をあげてドラゴンが地に伏せる。
「……極彩色、青、絶対零度【A・0(アブソリュートゼロ)】」
「……………………」
ドラゴンが流血箇所を起点に凍結していき、最後は1つの物言わぬ氷像と化す。
「 、魔槌。」
ガラスを叩き割ったような音と共に氷像は砕け散った。
怪物だったもの内側はザクロのように赤く、まだ恨みがましく蠢いている。
「…………終わったよ。」
「………………ああ。」
なぜ、あのドラゴンは俺ではなくあの少年を選んだのか。
なぜ、未来に溢れた少年が奪われて、こんなくたびれた男が残ったのか。
……理由は見つからなかった。
「……あんた、S級なんだろ?あんたならマイクを助けられたんじゃねぇのかよ!?なァ!!!おい聞いてんのか!」
冷静そうだった青年がルキアのローブの胸ぐらを掴み上げて怒鳴り上げる。
ルキアは何も言わずにただ目を逸らしている。
「…………なんとか言ってくれよ……クソが……」
ローブから手を離して、青年はその場にうずくまる。
悲痛な雰囲気の中、口開いたのはルキアだった。
「…………誰も彼もが、悪いんだ。あのドラゴンが生息していることを見抜けなかった調査隊、ずっと踏破されていないのに再調査をしなかったギルド、Cクラスだからと気を抜いて一人すら救えなかった僕と君達。その代償が彼の死だ。」
この場の誰もが俯く中、青年はただ一人戦いに巻き込まれて更に損傷した少年の下半身と、砕けた氷像の中に埋め込まれた上半身を掻き集めていた。
「っ…………これ、お前にやるよ。どうせ俺らにはもうどうだっていい代物だ。」
氷像のカケラを集めていた青年から投げ渡されたのは、フレームが白金のような金属とレンズが水晶で作られた『モノクル』だった。
「これは……………」
「知らん。俺たちはもう探検家をやめる。こんな化け物とか"お前"みたいな奴とは付き合いきれない。…………行くぞ。」
少年だった氷のカケラと下半身を抱えて、青年達は出口へと向かっていった。
「…………ルー、準備して。遺物は回収したんだから、もうここに用はない。」
「……分かった。」
「…………ごめんね。」
「……良いんだ。お前も全能じゃない。」
「………………うん。」
重い、まるで"誰か"に足を引っ張られるように重い足取りで俺たちはこの魔窟の外へと歩き出した。
【水晶竜】クリスタルドラゴン、討伐完了
獲得遺物、万象看破の片眼鏡【シースルーモノクル】(等級:A)