水晶の魔窟②
第七話 『水晶の魔窟②』
【水晶の魔窟】、入口―――
「……着いたか。」
「着いたね。思ってよりも重々しい雰囲気かも。」
俺たちを今にも飲み込まんとするような洞窟の大穴が口を開けて佇んでいる。
入り口は約10度ほど斜面になっており、底は見えない。
「あ!お二人ともこんにちは!昨日は酒場でありがとうございました!!」
俺たちが洞窟に入る準備をしていると、背後から声を掛けられた。
振り返って見れば、昨日の晩にこの洞窟についての情報を教えてくれた赤毛の少年とその一行だった。
「あぁ昨日の……いや、こちらこそ色々と助かった。俺はまだ新米でヒヨッコだからな……。」
「そんなこと言わないでくださいよ、探検は助け合いなんですから!でも先に遺物を取っちゃっても恨まないでくださいよ?それではまた奥で!」
「ああ。奥で会おう。」
話しているとコッチまで元気をもらえるような少年だ。
それにこのダンジョンの依頼を受けたという事は少なくともC級以上、前途有望な若者ということだろう。
「ちょっと、準備の手が止まってるけど?オジサン?」
「誰がオジサンだ。まだ30そこらだ。」
「はいはい……じゃ、僕たちのボチボチ行こうか。」
「……わかった。」
洞窟に入るとその名の通り、岩壁の至る所に透き通った白色の水晶が埋まっていた。
内部は両手を伸ばせるほどには縦も横も広い。
「思ってたよりも、なんというか…………暇だな。」
「気、抜きすぎ。いつ魔物が出てきてもおかしくないんだよ?」
「それもそうだけど……なぁ?」
進めど進めど先は暗闇。変わり映えのしない景色に段々と嫌気がさしてくる。
こうなったらいっそ…………
「ん、スライム。ファイア。」
『魔物の一つや二つ、出てきてくれ』という願いは一瞬で打ち砕かれた。
道を塞ぐように現れた、水まんじゅうのようにプルプルとしていて半透明の魔物は即蒸発。独特な臭いだけを残して跡形もなく消えた。
「……今のは?」
「スライム。種によっては装備ごと人間を溶かして消化する魔物。殴打も斬撃も効かないけど、今みたいに燃焼とか乾燥にはめっぽう弱い。
だからこういうジメジメした洞窟とか、陽の届かない森の中とかが大好き。」
「……なるほどな。」
「…………それに、あ。」
急に目の前を歩くルキアが立ち止まる。
「……ルー、戻るなら今のうちだけど。」
「それってどういう…………ッ!」
恐らく、恐らくは今のスライムにやられたのだろう。暗闇の中、ランタンの炎の光を反射してぼんやりと光る防具の残骸の中に人間の骨があるのが見える。
「遅かったか……まあ、ダンジョン舐めてると君もこうなるよ。」
ルキアは慣れた手つきで粘液の付着した金属製の防具をどかし、銅製のコインを拾い上げる。
「C級か。スライムはやっぱり低級殺しだね…………さ、行くよ。」
ルキアはコインをポケットに突っ込んでそのまま歩いていく……
「行くよじゃねぇだろ……人死んでんだぞ……?」
「死んでるね。僕たち以外の誰かが。」
「……っ、お前やっぱりおかしいって……S級様はそんなに冷たいのかよ!!」
怒号が反響して洞窟内をコダマする。
「手を合わせればこの人は生き返るの?違うでしょ?…………この人も"こうなる"のは覚悟の上でココに来て、死んだ。ただそれだけのこと。」
それだけ言って、ルキアはどんどん前へと進んでいった。
俺は……ただただ着いていくことしかできなかった。
「あ、ちゃんとまた会えましたね。どうやら入り口で二股に分かれて、また合流するようですね。」
しばらくルキアと口も利かずに歩いていると、右から癒し効果のある少年が現れた。
「そっちはどうだった?コッチはずっと一本道で……。」
「そうですねぇ……こっちも大体おんなじようなもんです。ということは…………。」
「『この先』だな。ですね。」
正面には相変わらず暗闇が広がっている。
「……折角ですし、一緒に行きましょうか。」
「……そうだな。」
2+4の大所帯で暗い通路を進んでいくと広い空間に出た。どうやら此処で行き止まりらしい。
「おいマイク、ひと通り見たがココには何にもないぜ?やっぱり、踏破されてないなんて遺物を持ち逃げした奴が流したデマなんじゃねぇか?」
「そうだね……どうしようか……。」
少年の一行の一人、冷静そうな青年が少年と話している。たしかにただただ広いだけで辺りを見回してもなにも見当たらない。
「引き上げようぜ。時間の無駄だ。」
「そうだね……残念だけれど……。
ルーカスさん、ルキアさん、今日はありがとうございました!またどこかであッ――
突如、視界から少年が消えた。
いや、正確にいえば"少年の上半身が目の前から消えた"。
その場に取り残された下半身は力無く前へと倒れ、血溜まりを作る。
「は……………………?」
「ルー!危ない!」
ルキアに突き飛ばされ、上を見て初めて気付いた。
真珠のような眼、光を反射して輝く鱗、一対の大翼、巨躯を支える鋭い爪を伸ばした四つの脚。
絶望の象徴であり破壊そのもの。
魔物を統べる王。
【ドラゴン】が、そこに居た。