終結
初めに目に入ったのは自分の手だった。
小鳥のさえずりが聞こえる。
天幕を通して光が柔らかくあたりを照らしている。
どこだろ、ここ。
生きてるのか、わたし。
被せられていた毛布を引き寄せようとしてギョッとした。
大きな手がある。
後ろから抱き込まれている?
恐る恐る振り向くと、アルバートが隣で眠っていた。
え???
もう一度自分の姿を見ると、薄い肌着1枚しか着ていない。背中にぴったりついているアルバートは肌着すら着けてない気がするのだが。
状況が分かるにつれ、顔が真っ赤になってくる。こら、静まれ心臓。何が起こっている?
大体、どこよ、ここ。
私の天幕よりは随分大きいし。
その時天幕を開けて女性騎士が入ってきた。
気まずい!何、この状況!
「シェリル姫様!お目覚めですか!」
そう言って私のそばに膝を突いて私を覗き込み、脈を診たり額に手を当てたり。
後ろのアルバートを気に掛けもしない。
「あの……その、どういう状況?ドラゴンは?」
「ご安心ください。ドラゴンは姫様が落とされた後、騎士団総がかりで倒しました」
「……私、どれくらい寝てたんです?それにここはどこ?」
「丸三日、お目覚めになりませんでした。ここは麓の基地で、医療天幕です」
これだけ話しているのに、アルバートはピクリともしないで寝ている。
「その、この人は……アルバートは大丈夫だったのかしら」
下手打って私もろとも感電したのでは?そして一緒に治療を受けている?
でもそれなら一緒に寝てる必要無くない?
女性騎士は微笑んだ。
「丸三日、ずっとシェリル様に回復魔法を掛け続けておられたんですよ。今は魔力切れの様ですね」
「その、この体勢で?」
女性騎士は頷いた。
「一番効率が良いそうですよ。第三王子殿下が勝手にしろと仰ってました」
第三王子殿下にお目覚めになったことお伝えします、と言って彼女は天幕から出て行った。
もぞもぞと体の向きを変えて、アルバートを見る。今、その手は私の体に柔らかく添っている。
至近距離で見るアルバートの顔はこの距離なのに美しい。あ、でも髭が伸びてる。まつ毛長いな。
うん、アルバートの匂いがする。
恐る恐る下半身に目をやってみる。
良かった、パンツはちゃんと履いてくれてた。
今だけ、これは役得だね。と腕に体を預ける。
まだ疲れているのか眠気がやって来た。あれだけ寝たのに。なんか幸せだな、なんて考えていたら、アルバートの手が私の体を抱き込んできた。
「え?」
見上げるとアルバートの目が薄く開いていた。
「……シェリル、目覚めたんだ。……良かった」
アルバートの手に力がこもる。
ほぼ裸で抱き込まれるなんて、ちょっと、どうしたらいいのよ。
「ちょ、待って、離して、もう大丈夫だから」
「駄目。第三王子殿下に許可貰ったから」
「何の許可よ!」
「シェリルを貰う許可」
…………。
顔が真っ赤になった。
「ちょっと、何それ!私を襲う気?!」
「襲いたいけど、魔力切れで体動かない。残念……」
「残念じゃないっ、そうじゃなくて……」
「シェリル、結婚しよう」
頭が取り敢えず真っ白になって、ボンって湯気と音が出た気がして、顔がゆだって、心臓がバクバクして。
じゃなくて!
「兄上に何を確認したって?」
「君、寝てたし。責任取るならこの格好で一緒にいて構わないって」
ちょっと冷静になれた。
「私を回復させるための方便だった訳ね?」
「違う。それは本気」
「じゃ、いつそんな気になったのよ」
「その気だったから、回復術者であることを殿下に明かしたんだ」
アルバートの目に私の視線が捕らえられてしまった。
「いずれにせよ、これから俺たちは一緒に戦う事になるだろう。この先一生ね。諦めて俺と結婚してください」
「だから、何で一足飛びに結婚になるのよ……」
その時いきなり天幕が開いて、第三王子が側近と入ってきた。
大慌てでアルバートから向きを変える。が、毛布の中でがっちり抱き込まれて起き上がれない。
「そのままで良い」
苦虫を嚙み潰したように兄が言った。側近たちは後ろで目のやり場に困っているようだ。
「まずは、良くやった。ドラゴンをお前はほぼ独力で落とした。大したものだ。父上もお喜びだ」
「……ありがとうございます」
「父上はお前の希望を聞くと仰っている。王都防衛の禁軍に入るも良し、ここに留まるも良し。王宮にお前の地位も用意する。王女として城で過ごしたければそれも受け入れてもらえる。ただ、これだけの戦力をむざむざ王宮で囲うのは不合理だとも仰っている。私としては軍に留まってもらいたい。ああ、その場合、後ろの回復術師はお前とセットだ」
あれだけ不要物のゴミクズ扱いだったのに、掌返しのこの待遇。何だか笑えてくる。でも、王宮に入ったところで喉元過ぎれば熱さ忘れるものだ。あの王妃たちが改心するようにはどうしても思えない。
「今、決めずとも良い」
「いえ、今更私は王宮では暮らせません。……適材適所。軍属でお願いします」
兄は柔らかく笑んだ。
「承知した。……歓迎しよう」
翌日には起き上がれるようになった。アルバートは一旦離れた。たまに出会うと、「結婚しよう?」
と言ってくる。
初めに受けてしまえばよかった。どんどんタイミングを失って、私の中の天邪鬼が幅を利かせる。
王都への凱旋日程が決まり、叙勲される者は王都へ向かった。もちろんアルバートも叙勲組である。
王城へ入ると侍女たちに拉致されて、風呂に放り込まれ、全身磨かれ、化粧を施され、髪を結われ、コルセットを出されたところで切れた。
「ドレスは着ない!騎士服の正装で出席します!」
がっかり顔の侍女たちに見送られ、騎士たちの控室へ急いだ。
「なんだ、ドレスじゃないのか」
団長にそう言われたが、
「着慣れないものを着て、道化になりたくありません」とあしらう。
アルバートが近づいてきた。
また、心臓が跳ねるが、必死で平静を装う。
騎士服正装が似合う……元から美形なのに、更にキラキラしている。本当に心臓に悪いから止めてほしい。
「シェリル王女殿下。ドレスではないのですか?楽しみにしていたのに」
「……敬語はやめてください」
「今日だけです。王城の中ですからね」
隣で団長が口を押えた。「しまった、そうだな。今日は王女殿下だった。となると、アルバートも辺境伯子息だから……ベーム卿か?」
「私は普段通りで結構です。王女殿下だけで良いかと」
アルバートがにっこりと笑う。
これは良からぬ事を考えている笑顔だ。
良からぬ事はやはりというか当然というか、起こるべくしてというか、起こった。
叙勲は第1位が陣頭指揮を執った第三王子、第2位が何と私で、第3位がアルバートだった。
褒章を問われたアルバートが私との結婚の許可を求めた。
父王が私に確認する訳が無かった。その場で承認された。
外堀ばかりが埋まっていく。
その上、父上から爆弾が投下された。
「このまま結婚式を挙げていくが良いぞ」
さすがのアルバートもここまでの予想は立てていなかったようで。
***
「その、流石にごめん。強引すぎた」
叙勲パーティーの会場のすぐ外のバルコニーで、アルバートと二人になった。
「外堀を埋めるだけのつもりだったんだが。……もしどうしても君が嫌なら……」
その弱り切った表情を見ていると、少し笑えた。
「……いつもの余裕は?」
「もう無いよ」
「仕事はどちらにせよ一緒じゃない」
「う……嫌われてるのにあの体勢はキツいものがある……」
アルバートがため息をつきながら、その手で顔を覆った。ちらりと私を見る。
「……脈は無い?」
うん、強情も大概にしよう。
目を見て、答えた。
「……結婚してもいい」
アルバートが目を見開いた。
「本当に?」
「むしろ私が結婚したかった。……ごめん、素直じゃなくて」
「……抱きしめてもいい?」
「……うん」
アルバートの大きな手が私の背に回された。
「命ある限り、守るよ」
「……うん」
バルコニーに向かう扉の向こうで、団長が野次馬を食い止めていたが、この直後なだれ込まれる事となった。
***
結婚式はその3日後に行われた。王妃がシェリルに貸してくれた花嫁衣裳は、シェリルから凛とした美しさを引き出し、アルバートはしばらく言葉が無かった。王の立会いの下誓いが交わされ、宮殿で騎士たちの荒っぽい祝福を受け、駆け付けたベーム辺境伯一家の歓迎を受けた。
王都の結婚パレードは結局断ることができず、民衆は国を救った英雄二人の結婚に熱狂した。
二人はそれからも何度も魔獣の襲来を退けた。国外から請われて二人で魔獣退治に向かう事もあった。王国は他国に貸しを作り、平和と繁栄を極めていく。
二人の子供たちはいずれも魔力量、その操作共に優れた子が育ち、王国は末永く平和な日々が続いたという。
何とか初投稿終わりました。☆いただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
誤字報告本当に感謝です。変換ミスから憶え間違いまで色々ご指摘ありがとうございます。
特に”」”の前の句点をひとつずつ消してくださった方と”・・・”を三点リーダーに変更してくださった方には頭が下がります。
細かなご指摘非常にありがたいです。
また、沢山の感想、そして初!レビューもありがとうございました!
この場を借りて全ての皆様にお礼申し上げます。
「次元の裂け目の修復師たち」も読んでいただけると嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n1944hi/
ハイ・ファンタジー寄りの異世界恋愛です。(ジャンル変更いたしました)