ドラゴン
翌朝。もうすぐ夜が明ける。雨は上がった。天幕を撤収して、何カ所かにまとめて固定する。ここから先は余分な荷物は持たない。最低限の食料と武器だけだ。
こちらの稜線からは2師団、向こう側からと両サイドからそれぞれ2師団ずつ。王都警護以外は全てここ北天山脈に集結している。
兄の第三王子がやって来るのが見えた。
「いよいよだ。いつドラゴンが来るか分からん」
そう言って、私の首に手を伸ばしてきた。
もう取ってくれるのだろうか?
「逃げる心配はもう良いのですか?」
皮肉っぽく聞いてみたら、目を見て頷いたので驚いた。
「覚悟が決まった眼をしている」
「……それはどうも」
からん、と音を立てて首輪が外れた。やっと魔力が体内を回り始めた。通常運転だ。
「頼むぞ」
兄の目に真っ直ぐ見据えられた。
本当だ、この人も覚悟を決めている。
私だけじゃない。
周りを見回すと、皆同じ目をしていた。
「力の限りやります。兄上もご武運を」
兄が頷いた。
「お前に付きたいという回復術師が名乗り出てきた。そやつをつける」
「えっ」
指さされて振り向くと、アルバートが控えていた。
「お前の隊の者だな。気心も知れているだろう。共に戦え」
それだけ言うと第三王子は先鋒班へ向かっていった。
目の前にアルバートがいる。もう会えないと半分思っていたのに。私についてくれる?でもそれは最前線という事なのに。
「アルバート、死にに来たの?」
「いや、勝ちに来た。少しでも帰還の確率を上げよう」
「……回復は多分間に合わないと思う。雷撃は感電して即死だもの」
「回復の光を流し込みながら撃ってみるのはどうだろう?」
え?どういう事?
「少し実験してみよう」
アルバートが私の左手を取る。そしてダミーの包帯をするすると解いて、左手を剝き出しにした。
「もう、偽装はいらないからね。さ、光を流すから、軽く炎を出してみて」
アルバートに左手を取られる。ほわりと光りアルバートの手から快感が流れ込んでくる。
私は左手小指の先から炎をいつもより少し大きく出してみた。
え?
いつもの激痛が無い。
驚いてアルバートの顔を見た。
「どう?」
「うそ……痛まない。……信じられない」
「雷も出せるか?軽くで良い」
「やってみる」
パチパチとしたスパークが飛び出した。が、いつもならある痺れも激痛も来ない。
「痺れない……出来そう……」
アルバートがやっと少し微笑んだ。
「俺の魔力はシェリルほど多くない。どこまで補助できるか分からないが、やれるだけやってみよう」
最後の日にはしない。ドラゴンを倒すんだ。この頼もしい人と一緒に。
***
「ドラゴンだ!」
「ドラゴンが出たぞ!」
その知らせが届いたのは、稜線を歩き始めておよそ1時間ほど経った頃だった。
「どこだ!」
第三王子の問いに答えて、魔術通信兵が叫ぶ。
「山頂南西斜面です!第4師団応戦中!第二王子より予定通り誘導するとの連絡です!」
「目視出来ました!左前方上方!」
第三王子の隣で私も目を凝らすと、ドラゴンとそれを追う魔力弾が見えた。
兄王子が振り向いた。
「最大戦力は我々だ。今のところ上手く誘導出来ている。出るぞ」
「はい」
兄は騎士たちに檄を飛ばした。
「魔術師ども!ドラゴンを落とすぞ!弓兵は目と口の中を狙え!少しずつでも削るぞ!ここを抜かれたら、家族の待つ王都は火の海となる!死守するぞ!絶対に通すな!我々が王国最高の戦力を持つ騎士団だ!見せつけてやれ!」
おおーーっ!!
騎士たちの鬨の声が響き渡った。
遠くに見えていたドラゴンがふわりと舞い上がり、そしてグングンと大きくなってきた。速い!
「来たぞ!」
第三王子が従者たちと捕縛陣を展開した。
空中にいるドラゴンの動きが目に見えて鈍くなった。
横のアルバートがピウと口笛を鳴らした。
「流石は魔術師団を率いる第三王子だけある」
第三王子が叫んだ。
「余り持たない!やれ!シェリル!叩き込め!」
アルバートが私を後ろから抱き留めた。体全体にアルバートの光が流し込まれてる。両手を突き出す。
「雷撃!」
私の両手からほとばしった雷はドラゴンに直撃した。雷鳴の轟音とともに一帯が目を開けていられないくらい光る。
ドラゴンが唸った。体を捻る。
雷撃を止めない。まだ私に魔力はある。雷の鎖のようにドラゴンに纏わせる。
第三王子達も捕縛陣を必死で維持していた。
弓兵隊が苦しむドラゴンの目と口に魔力を纏わせた矢を次々に射かける。
ドラゴンが吠えた。
「ブレスが来るぞ!」
ブレスはまずい、捕縛陣の魔導士たちが危ない、と思ったら、ドラゴンの口に誰かの氷魔術がヒットした。
ドラゴンのブレスは八割がた威力を減じて地面に届いたのだが、残りが捕縛陣を支えていた魔導士たちに直撃した。
「兄上!」
炎の中から兄が魔導士を何人か引きずり出していた。
「私は耐性があるから大丈夫だ!だが、捕縛陣は切れた!シェリル頼む!」
ドラゴンは敵が私だと定めたらしい。一直線にこちらに向かって来た。ごう、と空気が震えた。
アルバートの光が少し弱まった。全身に回復魔法を入れ続けてくれているのだ。多分限界なのだろう。
最後の一撃はこれしか無い。体中から目の前に迫るドラゴンに向けて。
「ありがとう、アルバート」
両手から、両足から、体から、頭から。
太い雷がとてつもない音を伴ってドラゴンに吸い込まれる。
ドラゴンが高く鳴いた。
そして
落ちた。
私の意識もそこで途切れた。