作戦開始
連れ去られたまま帰ってこないシェリルを駐屯団員達は心配していた。特にペトロ、サンジュ、そしてアルバートは激昂して団長に詰め寄っていた。
「第三王子殿下に逆らえと言うのか?」
団長が苦しそうに答える。
「まだ、体だって本調子じゃなかったのに!」とペトロが叫べば、隣でサンジュがみっともなくも泣き叫ぶ。
「僕がフェンリルの子供なんかを殺さなければ良かったんだぁ、僕が代わりに殺されに行くぅ……」
「馬鹿かお前、お前が行ってもシェリルの万分の一にも役に立たんわ!」
アルバートが団長に詰め寄った。
「連れ戻しましょう。むざむざ殺されることは無い。だいたい、シェリルの力だけでドラゴンを倒せるとは思えない」
団長は頭を掻きむしった。
「そんな事は分かっとる!だが、ドラゴンを放置したらここも王都も、いや、この国は壊滅だ!シェリルだけじゃない、我々も命を賭してアレを止めにゃならんのだ!」
「ドラゴンはただの可能性の話ではないのですか?」
アルバートの問いに団長が頷く。
「北天山脈で若いドラゴンが確認された。フェンリルはそれに追われたと考えられる。出発は3日後だ。国中の師団が各方面から北天山脈へ集結する」
「3日……」
アルバートは考え込んでいた。
***
師団は険しい山道を進んでいた。細いけもの道をそれぞれ荷を背負って登っていく。騎士たちは襲ってくる魔獣や獣を屠りながら進む。獣はそのまま食料となる。水や火は魔導士が起こし、騎士たちは獲れた獣をがっつく。
「大人しくなったな」
兄が珍しそうに私を覗き込んできた。
「観念したか」
その通りなのだが、頷くのもしゃくなので無視だ。目の前のイノシシの串に集中する。
「明日には着くぞ」
明日までの命か。これが最後の晩餐?……しょぼい……。
「魔力を使えないと疲れるんだけど。首輪、取るか弱いのに替えるかしてくれない?」
「駄目だ」
森林限界を超えたのか、この先にはもう背の高い樹木は無い。明日はこの山脈の稜線を進んで、ドラゴンとこんにちはの予定。
最後の睡眠はこの小さな天幕でゆっくりしよう。隣に首から伸びた鎖で繋がれた女性騎士がいるが、もう寝ているようだ。
野営地ではあちこちの天幕からいびきが聞こえる。ドラゴンの縄張りギリギリなのだろうか。魔獣も獣もドラゴンを恐れてか気配がない。天幕にバラバラと雨粒が当たり始めた。天気が崩れたようだ。夏とはいえ高地は寒い。女性騎士が天幕に魔法を掛けてくれていたのでこの中は凍えることは無い。
雨音に紛れて、何かが聞こえた。
「シェリル、聞こえるか?」
ガバっと身を起こす。
「アルバート?」
慌てて隣で眠る女性騎士を見るが、目を覚まさない。おかしい、少しの物音で目を覚ます筈なのに。
アルバートが天幕入り口を捲り入ってきた。
「シェリル、余り時間が無い。この近辺の騎士達には眠りの魔術を掛けた。今なら逃げられる」
逃げる?でもアルバートの口調は静かだ。
少し躊躇いながらも口を開く。
「何から逃げるの?国からは逃げることは出来るだろうけど、ドラゴンからは逃げられない」
「だが、君一人が犠牲になることは無い」
「私一人では無理よ。たぶん、師団全員が犠牲者よ」
アルバートが真正面から見つめてきた。
「戦うと決めたのか?無理やりじゃなく?」
うん、無理やりじゃない。
私がそうすると決めた。
「うん。私は戦う。ごめんね、気持ちだけ貰っておく」
アルバートは私がそう言うのを分かっていたみたいだった。ため息ひとつ聞こえてきた。
「来てくれて嬉しかった。最後に会えて良かった」
アルバートは苦笑すると、その大きな手でわしゃわしゃと私の頭を撫でた。
そのまま何も言わずに天幕を出て行った。
うん、明日頑張れそう。