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第三王子

 熱はなかなか下がらなかった。時々アルバートが来てくれる。そして左手に包帯を巻いてくれる。

「痛くないけど。黒くもないし。本当に完全に治ってる」

「知ってる。治っていない振りをしておいてくれ」

「なぜ?」

 と聞いてから、答えに思い当たった。

「治癒能力は内緒だったね」

 アルバートが笑んだ。

「そう、それもある。でも、治ることが分かれば、きっと前線に駆り出されるだろう?」

「治るのなら、構わないけど」

 役に立つのは少し嬉しい。役立たずと言われたのを返上できるかも。

 けれどアルバートの表情が険しくなった。

「駄目だよ。これだけ痛んで、傷つくんだから。後から治せるとも限らない。その前に死ぬことだって十分あり得る」

「うん……痛いのは嫌だね」

 アルバートの考えは深い。考えなしに行動する私とは随分違う。

「……治す前に言ってた加減ができない、ってどういう意味?」

「何のことだったか……ああ、思い出した」

 そして、私の左手にそっと手を添えてくれた。

「小指の時は敢えて黒い色を残したんだ。でも今回はそんな加減をしていたら腕を切り落とさなくちゃいけなくなりそうだった」

 本当に色々と考えてくれている。感心する。

「ありがとう。アルバート」


 天幕が捲られて、ペトロが中を覗き込んで目を丸くした。

「あれ?アルバートさんが何で?」

 ペトロは入ってきて、持ってきた食事を私の枕元に置いてくれた。

「ありがと、ペトロ」

「腕の経過を見に来たんだ」

 アルバートがペトロに答えた。

「あっ、医術の心得があるって言ってたっけ。どう?こいつの腕、動くようになる?」

 心配そうに覗き込んでくる。が、ほだされてはいけない。

「まだまだ痛いし動かないわぁ。しばらくメシ当番には戻れそうにないなー」

「げ、マジか。飯はまだいいんだけど、洗濯が……」

「ガンバレ」

「うス……くっ自業自得なんだけど……辛いっす」

「水なら出すからいつでも言って」

「了解っす……」

 トボトボとペトロは天幕を出て行った。アルバートがやれやれと言った風に肩をすくめた。

「大体、この部隊は君一人に頼りすぎだ。洗濯は自分でするものだし、体が臭くなれば川で洗えばいいんだ。野営地なんてそんなもんだ」

「うう、私の存在意義を無くさないでください……」

 アルバートは目を見開いて私をじっと見ると、おもむろに私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


***


 やっと熱が引いて、体のだるさも取れた。左手はダミーの包帯を巻いて首から吊っている。ちょっと良心の呵責があるが、アルバート(主治医)の意見は翻らなかった。

 片手で出来ることはかなり限られてしまい、大体は温水放出系の仕事をさせられた。

 つまりはムサイ男どもを洗う事である。

 出来るだけ平常心で、心の動揺を悟られないように、温水を行列に放出する。

 以前はへっちゃらだったのに!

 アルバートの裸を見ないように、顔が赤くならないように、かなり、かなり気を遣う。今更だが17歳のオトメなのよ私は、と内心で毒づく。


 そんな或る日、王都から第4師団の本体がやって来た。うちの野営地隣の草原に天幕が立ち並んだ。うちの団長や事務長が何度も呼び出されている。お気の毒に。

 と、思っていたら、私まで呼び出された。

 嫌々付いていくと、そこには兄の一人である第三王子がいた。団長たちは帰された。天幕の中は兄と私と、兄の側近たちだけだ。いやな予感プンプンである。


「フェンリルを倒したそうだな」

「弱らせただけです。止めは別の騎士が」

「左手一本でフェンリルか。なら、もう少し使えば、ドラゴンでもいけるか」

 ぞっとした。アルバートの言った通りじゃないか。

「無理です。ドラゴンは炎で倒せません」

「お前、雷撃も出来たろう?」

「もっと無理です。全身感電して、即死します」

「ドラゴンが倒せれば、お前の銅像を作ってやるよ」

 このクソ兄は本当に私の事など奴隷以下なのだ、と久しぶりに実感した。最近、団でぬくぬくとしすぎた。なんでこんな所に来てしまったんだ。

「無茶言わないでください。私は死んでも、ドラゴンが死ぬとは限りませんよ」

「死なずとも、かなり削れるだろう」

「嫌です」

「お前に拒否権などない。せめて最後に役に立て」

 これは駄目だ。逃げないと、と思った瞬間に衝撃が来た。

「あ、に、う、え」

 首に何かが巻かれていた。冷たくて、重い。同時にずしん、と体中が鉛のように重くなった。右手を伸ばして炎を出そうとしたが、出ない。雷撃も出ない。水も出なかった。

「無駄だ、それは魔力を封じる。ドラゴンを見つけてから、それを外してやる」

 

 結局、それ以後、元の団には帰れなかった。私の為に檻まで用意しているのには呆れた。首輪に付けられた鎖の先は常に騎士の手に繋がれている。排泄の時は女騎士が付いた。

 初めは腹が立って腹が立って仕方が無かった。うかつに第三王子に近づいてしまった事。もっと早くに逃げ出せば良かったと何度思ったか。

 食事を拒否して、死んでやろうかとも考えた。

 だが、鎖の先の騎士の一人が、ぽつりと呟いたのを聞いてしまった。

「シェリル様には本当に申し訳なく思っております。しかし、他にドラゴンを倒す手が無いのです。殿下も死を覚悟しておられます。国の為にはドラゴンは必ず倒さねばならないのです」

「兄が死を覚悟しているとは思えない」

 だが、騎士は頭を振った。

「シェリル様に拒否権が無いように、第三王子殿下にも拒否権はございません。魔力の多い王族の定めだと仰っておいででした」


 初めは聞き流したのだが、ゆっくりゆっくり、その言葉が私の中に降りてきて、一番底に根付いてしまった。

結局誰かがやらないといけないのだ。そして、それは誰にでもできる訳ではない。


「ここまでかぁ」

 諦めるしかなさそうだ。

 どうせ死ぬなら、ドラゴンは必ず道連れにする。

 雷撃だから、アルバートの回復魔法も間に合わないな……。


 アルバートの事を考えると、ちょっと苦しくなって、でも少しほんわかと幸せになった。心残りと言えばそうなのだが、別に恋人という訳では無いし、とも思う。


 お湯で彼を洗う時、もっとしっかり見とけばよかったかな?


 少しだけ笑えて、でも少し涙がこぼれた。

 


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