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野営地での下働き

誤字報告ありがとうございました!


「臭い……誰のパンツよ」

 野営キャンプで大きな盥に本日の洗濯物を放り込んでいく。昨日の作戦は沼にいる魔物化した大型カエルの駆除だった。当然洗濯物は泥だらけ。

 私は盥に手をかざして温水を掌から噴出させる。勢いを調整して、服に穴が空かないようにするのが少し面倒だが、慣れた。

 汚れを落として隣の盥に放り込む。30人分の洗濯物を洗い上げ、絞り、広げ、風魔法で乾かす。風は掌に吸い込まれるように動くので、洗濯物を乾かすにはちょっとコツが要ったが、それも慣れた。何といっても8年もやっているのだ。第4師団駐屯部隊30名の下働きを一手に引き受けるのが私、元王女のシェリル17歳である。


「シェリル!遅い!飯の用意にかかれ!」

 乾いた隊服を片付けていると、事務長が天幕から顔を出して怒鳴る。

「はい!」

 もう、誰も私が王女だったなんて忘れている。豊富な魔力量を持つ王女もここではただの便利屋である。

 宿営地の簡易な石積みの窯に朝森を駆けずり回って拾い集めた松ぼっくりや枯れ木、薪を放り込み、左手小指を近づけた。

 ぽっ と指先に小さな炎が出た。

 あつっ!

 熱さに顔をゆがめながら、枯れ木に炎を移す。

 ぱちぱち、という音を立てて松ぼっくりが燃え出す。

 すぐに左手を引いて、右手から水を出して左手小指の火傷を冷やした。


 毎日の着火作業で左手小指は真っ黒である。ズキズキするが、構っていられない。火が十分熾ると上に空の鍋を置き、右手から温水を注ぐ。干し野菜と干し肉をぶち込んで塩で味付け。野営地のスープなぞ、こんな程度である。


「シェリル!ウサギとか獲って来たぞ!」

 森からペトロ達が帰ってきた。騎士団の中では一番下っ端の若手たちである。作戦には参加せず、訓練兼食料調達係だった。その両手には獲物をどっさり抱えている。

「血抜きした?」

「あたぼうよ!捌くの手伝うか?」

「助かる!ありがと!」


 ウサギを処理しているうちに、騎士団本体が帰って来た。今度はむさい男たちを温水で洗わなければならない。

「ペトロ、ここ頼める?」

「おう、まかせとけ!」


 着替えを抱えて、河原のシャワーエリアへ向かう。

 男たちは服を盥に脱ぎ捨ててすっぽんぽんでこちらへやって来るが、これも慣れた。

「はい、並んでよっ」

 掌から温水を噴出させ、その下を一人ずつ通り抜けていく。

 今回異動になってこの団に配属されて来た若手の騎士達が、辺りを見回して、挙動不審になった。

「え?え?え?」

 顔が赤いよ、新顔のお兄さんたち。

 班長が怒鳴る。

「何恥ずかしがってる。体洗わないんならいいが、この団に来て、この恩恵にあずからないのは馬鹿だぞ」

 そうだ、そっちが照れるとこっちも恥ずかしいだろ。

 もうこの団のむさい男たちは恥ずかしげもなく洗われてくのに。私も小さいころからやっていたから、感覚マヒしてるけど、そういやもう私も17歳だ。普通の令嬢ならキャーッとか言いながら逃げ出すんだろうか。


「恥ずかしいなら、あっち向いてて。ほら、さっさと」

 その新人たちには背中側からお湯を思いっきり掛けた。


 全員洗い終わったら、洗濯物の盥を運ぶ。さっきの新入りの一人が声をかけてきた。

「あの、手伝います」

「ありがと。助かる」

 ぽんと手に持った盥を渡す。

「えっ、うわっ、けっこう重い!」

 それはそうだろう、15人分は入っているのだ。私はもう一つの盥を持ち上げた。毎日の事で、私は残念ながら筋肉少女になった。

「新人さん、名前は?」

「アルバート・ベームです」

 苗字付き?と思って頭の中の名簿を繰る。

「ベーム辺境伯家の?」

「そう、末息子です」

「敬語、要らないから」

 辺境伯なら私の噂も出自も知ってるのだろう。でなければ、騎士団の下働きに敬語は無い。


 アルバートは私を困ったように見た。

「そういう訳には」

「私の身分なんて、この団の一握りしか知らないよ?敬語使われると色々困る」

 アルバートは躊躇っているようだった。

「その、王家の姫がなぜこの様な事に?」

「知らないの?……まあ、知らないか。私、魔力量は豊富なんだけどね」

「属性も多いと伺いました」

「良く知ってるじゃない……そう、属性も多い。なのに私、魔力の耐性が全く無いんだ」

 アルバートの顔にはてなマークが見えるようだ。

 仕方なく説明する。

「普通、炎の魔法の保持者は炎の耐性があって、自分が火傷したりしないでしょう?」

 アルバートはようやく分かったようだった。

「姫は炎を使うと火傷を?」

 私は肩をすくめた。

「そ。氷魔法も手がひどい凍傷になるし、雷も自分が感電しちゃう」

「攻撃には使えない訳ですね。水魔法は構わない……うーん、それなら風魔法も、しびれ薬を乗せて撒いたりできるのでは?」

 新人君、聞いてすぐ、そこまで考えられるのは結構頭が良いのかな?

 それも試されたけどね。老師のがっかりした顔を思い出した。

「あはは、風魔法は吸い込むだけ。吹き出せないのよ。掃除には便利だけどね」

 結局風魔法は掃除魔法と化していた。

「攻撃できるようなものは無いのよ。でも生活には便利。水を際限なく出せるのは、野営向きでしょ?」

「水を運ばなくて良いのは大きいですね。それに以前の隊では、こんなに快適に清潔に過ごすなんて有り得ませんでしたよ」

「適材適所、って父上に言われたわ。ここなら役に立つでしょ?下働き上等。結構楽しんでる。ね、だから敬語はやめて。団長、事務長以外はみんなお互い名前呼びが慣例だよ?私のことはシェリルでいいし、あなたの事はアルバート、って呼ばせてもらう」

 アルバートは少し考えて、そして頷いてくれた。

「わかった、シェリル」


 役立たず、と王宮ではずっと言われていた。母の身分も王宮で働く下働きがお手付きになっただけである。私が王家の金髪と金の瞳をしていなければ、認知も無かったに違いない。

「その小指は?」

 テントに帰り着き、盥を置いた時に、アルバートが私の左手小指に気づいたようだった。

「薪に着火させる時はこの指を使うことにしているの」

 前に炎の大きさを失敗して小指全体が黒くなってしまった。

「最近は爪の先に灯せるようになってきたんだけどね。この黒いのは前しくじって。未だに痛むの」

「ちょっとごめん」

 アルバートが何を思ったか私の左手を取った。

「え?」

 その手から柔らかい光が溢れ出して、消えた時には左手小指の痛みはきれいさっぱり無くなっていた。ただ、色はまだ黒かった。

 私は弾かれた様にアルバートを見上げた。

「あなた、回復術師なの?王都の禁軍が欲しがったでしょうに」

「大した事は出来ない。ほら、色も戻らないだろう?本職には到底及ばない。内緒だよ?」

 口の前に人差し指を一本立ててアルバートはにこりと笑った。

 それだけなのに、ドクン、と心臓が跳ねた。

 な、な、何、意識してるんだか

 耳が熱くなった気がする。

 よく見ると、随分な美丈夫である。紺碧の髪と涼しげな眼をしている。


「何ぼさっとしてる!飯!」事務長の甲高い怒鳴り声だ。

「はいっ!」

 はっと気を取り直すと踵を返して、炊事場に駆け出した。


 後ろでアルバートが班長に何か言われているのが聞こえてきた。

「シェリルに手を出すなよ?ムスコ氷漬けにされるぞ?今迄に何人も……」

「聞こえてる!次の行水は熱湯掛けてやるよ!」

 爆笑が返って来ただけだったが。


 毎日、日が昇る前から夜中まで働き詰めだったが、ここでは「役に立っている」という実感があった。騎士達も乱暴だが結構可愛がってくれる。もちろん嫌な奴もいる。その筆頭は事務長と取り巻き達だった。氷漬けにしたのはこいつらのムスコである。


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