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闇雲

作者: 三枝双歩

目が覚めると机の上はひどく散らかっていた。なるほど、自分は不貞寝をしていたのか、そう気付くまでにしばらく時間を要した。

肝心な不貞寝をしていた理由だが、それは単純で受験に失敗したからだった。しかもかなりの自信があったので、期待値が上がっていて分、落胆するとなかなか立ち直るのは難しい。人一倍勉強したつもりだった。人事は尽くした。それでも足りなかったということで、この一年は無駄な一年だったのかと思われ酷い喪失感に襲われ、もうなにもかもやる気が起きなくなってしまった。

そのうえ私の友人たちは皆、そっちでもこっちでも笑みをこぼしている。その中には私よりも遥かに怠惰な生活を送り、能天気なやつも含まれている。もちろん自分こそ真面目で一番とは思ってはいないが、そのような人間にまで負けているのか。毎日欠かさず学校に行って勉学に励み、地道に歩んできた自分が負けたのかと思うとより一層、やりきれない思いになるのであった。

もうなにもかも上手くいかない気がしてきた。上手くと言うと漠然としているのだが要するに合格の二文字は一生私の前には現れないということだ。

私に春は来ないのだ。

このまま私はこの凍えるような寒々しい冬に取り残され続けるのであろうか。沢山期待させた六親眷族に見せる顔などない。どうして自分だけこうなのだ。どうして。いや、もしや私はこの一年の間、何もしてはいなかったのではないか…

そのようなことをずっとずっと反芻しているうちに寝入ったのだろう、と予想がついた。

とはいえ一睡して気持ちの整理がついたのかというと決してそんなことはなく、まだこのまま

机で伏していたいと思っていた。一年という長さの期待は、一瞬にして絶望へと変わり、深く深くわたしの気を抉っていた。

机の端に置いてあったペットボトルのお茶を手に取り飲み干した。ぬるくなっている様が、いかに私が長時間寝入っていたのかを物語っていた。

ランランラン…思わず天井を見つめ口ずさんでいた。たった六文字が口からほどけて空中を舞っているような、なめらかな心地良さを感じた。それは寒い日に、身体が冷えきった日に、暖かい湯船に浸かった時のように、全身がほろほろと優しく崩れていくような心地だった。

ふと気がつくと、もう絶望云々落ちた云々ということはどうでも良くなっていた。随分と方が軽くなった。

私は非常に軽い足取りで家を飛び出し、あてもなく駅から電車に飛び乗り、繁華街をぶらつき、(まだ酒は呑めんので酒を流し込んだりはせず)ちょっと路地を入ったところにある静かに佇んだカフェへはいり、柄でもなくブラックコーヒーをのんで渋い顔をして店を出ると、また元きた道とは逆方向へと夜のネオンに照らされた明るい街をあるいた。なんだかプカプカした心地だった。今なら何にでもなれる。なんだって出来る。そうやって気を大きくしていたが、ここへきてさっきのブラックコーヒーを体が受け付けなかったらしく、道路脇の会所にぶっと吐き出した。そうするとまた喪失感に襲われた。また何もする気が起きなくなってしまった。家へ帰ろうという気もしなかったが、家を飛び出してきた関係で生憎暖かい格好をしておらず、流石に寒さが応えてきたので、今度は重い重い足枷でも引いているかのような重い足取りで帰路へとついた。

その後はまた闇の渦にのまれたように、ろくに立つこともできず、自堕落な日々を数日過ごした。

布団に寝転がり天井を見た。壁紙が所々くすんで雲のように見えた。

ランランラン…知らぬ間に口から流れ出ていた。ガタガタと窓が風に煽られている音が聞こえた。気がつくと私は布団から離れていた。さっきまでの喪失感、倦怠感はまるで感じなかった。

ここで私は気づいた。このランランランは体を楽にしてくれる力があると。しかし私もそこまで阿呆ではない。きっとこの力を使えば使うほど何かが衰退するであろう事はわかった。この世にリスクが無いものなど無いのだから。おそらく依存してしまうのであろう。一種、薬物のようなものであると。いずれ中毒者のようにこの力なくしては生き永らえない、そうなるだろうと確信した。その日から私はそのことは頭の奥底に仕舞い鍵をかけた。

それから私は、以前のような怠惰な感情は抱かないようになった。いや、正直に言うと抱きそうになることは勿論あった。だが薬に溺れる薬物中毒者の気の狂った、異常なまでの薬への執着、そして人間を誘う薬の真っ黒い手、それに似たものをこの力に感じた私は、底知れぬ恐怖を覚え、遂には蓋をしたのであった。

数ヶ月が経ち、私は山田という男と飯を食うことになった。山田は私の高校時代の同期で、連中の中では一番と言って良いほど親しくしている男だ。しかし私は最近、その男のことをあまり良くは思はなくなっていた。以前同期の集まりがあり私もそれに参加した。そこでは実に半年ぶりくらいの旧友と再会した。山田こそ連絡こそ取り合っていたものの、顔を合わせることはなく、実際にこうして向かい合ったのは半年ぶりだった。

そこでの話題の中心はやはり各々の大学での生活に関わる話であった。私以外のほとんどの友は、私のように二回戦は迎えず、青い春真っ只中だった。やい彼女が出来ただの美人が多いだの麻雀サークルに入っただのもう面倒くさくなってら学校に行っていないだの。それらの話は私にとってすれば夢のような話であり、望んでいる理想の生活だった。(麻雀には特段憧れたりはしないが。)と同時に、それらは全て成る可く聞きたくはない話題であった。だがもちろん話題というのは多数派に合わせられるもので、その中で少数派に入る私は当然除け者であった。とはいえこの状況はらあらかじめ覚悟していたのでそれ程嫌にはならなかった。

とここで山田が私の名を出した。山田は人気者だった。皆の視線が私に集まった。そうして山田はこう言った。「此奴は諦めの悪い奴でね。まだ夢を見ているんだ。やい腐れ根性。」

私は皆は私を庇ってくれる、そうおもっていた。「いくらなんでも言い過ぎじゃないか」そう軽く言って笑い飛ばしてくれると思っていた。しかし皆、場の空気に酔っているらしく、どっと笑った。「やい腐れ根性」

口々にそう言って皆、嘲笑った。

全てを否定された気分だった。みなの声が空気と一体になって、全身の肌で感じられた。 私は場の空気に合わせ、自慢の作り笑いで取り繕った。

私は山田を憎んた。その時初めて身近な人間に対し、殺意に似たものを感じた。グツグツと腸が煮えたぎっているのがはっきりとわかった。この感情をどうすることも出来なかった私は帰り道、頼りなさげにそそり立つコンクリートの電信柱に額をうちつけた。ふらふらと座り込み頭がボーッとする。熱いものを額に感じると、タラタラとその熱いものがゆっくり流れ、目のくぼみをかすめ、鼻のわきを伝い、やがて唇に触れ、口に入った。痛みは感じなかった。感じたのはただ、山田に対する呵責だけだった。もうあの男は信じられない。私は業を煮やしていた。煮尽くしていた。しかし、もし山田へこの感情をぶつけると、間違いなく山田は死に至るだろうと、勘だが、わかった。

ネオン輝く夜の街、独りほっつき歩く私はついに鍵を掛けていた蓋を開ける決心をした。

ランランラン…地獄の釜が開いた。たちまち私は山田のことを忘れた。こんなこと、逃げるようなことは情けない、そうわかっていた。けれど怒りは次第に無へと様変わりした。汚い路地ですれ違う人々の会話はすべて私を嘲る「腐れ根性」という呪文だと思っていたが、それらの会話は全て私に関するものでは無いと気がついた。私のほうを見てヒソヒソと話をするのは、私の額から流れる血、血走った目、乱れた髪、吐き物のついた服を見て、倒れそうな私を見て、憂わしげに見ているのだと知った。私は実に愉快だった。世界で一番の幸せ者なのかと思った。私はこの上ない幸福感でいっぱいになったまま、自宅へと帰った。

唯一の親しい友を抹消した私はいよいよ独りとなった。それは同時に、もう家から出る機会を失ったということを意味した。勉学は長らくしていない。一日の大半を布団の上で過ごした。

私はランランランを毎日唱えた。唱えなければ生きてゆくことが出来ない気分さえしていた。しまいには飯を食う、用を足すという生きていく上で必要不可欠な物事でさえも、唱えなければ行うことが出来ぬようになっていた。

時たま、ふと山田のことが頭に浮かんだ。今頃華の学生生活を送っているのかと思うと、今にも飛びついてやりたい気分だった。

同時に私は神を恨んだ。あなたが世の人を平等に創らなかったせいで、私はこんなにも落ちぶれてしまったのだと、どう訴えようが適わぬ相手への訴えであると承知の上で、それでも、力不足だと知っていても、私は神を憎んだ。が、さすがにそれはあまりにも大それていて、馬鹿らしいと自覚し、ランランラン唱えて心の平穏を保ち、神などいないそもそも神がいるならこんなにも落ちこぼれるまで私を放ってはいないだろう、神は偉大なのだからと、最早無理があると言って良いほど思想を一八〇度変え、またその考えにも納得がゆかず、ランランランと唱える…と言った感じ、まさに負のスパイラルというものを自ら生み出しては自ら首を絞めていました。

もう自分は完璧な癈人でした。私はランランランと唱えて一瞬の快楽、物事に対するやる気を得、毎日をなんとか暮らしていました。

ある日歯を磨こうとランランランを唱え、洗面台まで歩き、その移動に全ての気力を費やし、またランランランと唱えてブラシを手に取り歯を磨き、ランランランと唱えてカップに水を汲み口をすすぎ、水を吐いて綺麗になったところで私はそれとなく鏡に映る自分の顔を見ました。その顔を見て私は洗面台から逃げ出しました。その顔はまだ二十を越えていないとは到底思えぬ、酷く嗄れ、白髪も何本が混じっているというなんとも醜悪な姿でした。

私はランランランと唱えました。二度も、三度も唱えました。無意識のうちに十回ほど唱えた後、私は布団に潜り込みました。それからさっきの事は七十パーセントくらい忘れました。あと一回唱えればもう、さっきの事はすべて忘れることができる、そう思った私は最後の一回を言おうとし、止りました。

もうランランランすら言えなくなっていたのです。危惧していた状況がやってきたのです。もう、何もする気になれないのです。音を発するという幼児でもできるような事が私にはできないのです。口を開こうとすると全身の筋肉がそれを拒み、僅かに開いても、喉は石化したようビクともせず、全く震えませんでした。

あぁ、神様、それはいくらなんでもあんまりです。あまりにも酷いじゃありませんか。平等を奪った上に、私から生きる気力をも奪うとは。私は心のどこかでずっとあなたを信じてきました。あなたは救世主だと。私を救ってくださる唯一無二の存在なのだと。しかしあなたは無力な一人の人間などには目もくれませんでした。もしあなたが人間なら、私はあなたのような体裁ばかりよく、実は血も涙もないような人間とは匕首が合わないでしょう。

私は最早泣くことさえも出来ませんでした。ただじっと、天井を見つめること以外出来ませんでした。天井の雲は私に慈悲の雨さえ降らせませんでした。何からも見捨てられ、終に、私は独りでした。



初めて本格的な?お話を書きました。この話は自分にも通ずる所があります。皆さんも「なんでこんなあの人と差があるんだ!」と思うことがあると思います。私も常日頃から思っておりまして、まあでも一生解決することはない問題だと思います。生まれ持ったものとか環境とか。後か変えることって無理だと思います。だから我慢するしかないよねってことです。色々考えましたが、我慢がベストアンサーなのかなとおもいます。何を書けば良いかあまりわからないのでこの辺で。

読んでくださりありがとうございました。

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