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そこは沈黙の森  作者: 小声奏
カッセル伯爵の宝石
9/13

九話

(見えてきた……か?)

 

 一切の声を出さず沈黙する森。その森に独り住む少女。突然現れた縞鼠に青い宝石。

 森の中を歩きながら、イーライはじっと前を行くミアを見つめる。

 イーライはこれまでミアが何かを口にしているところを見たことがない。昨晩も今朝も食事は各部屋でとった。

 イーライの推察が正しければ、ミアは月の乙女だ。

 

 子供の掌の上から宝石がなくなったのは、ミアが伯爵の来訪を告げ村の入り口を指差したときだった。縞鼠にしてもそうだ。ミアが悲鳴をあげ、皆の注意は一斉に伯爵から逸れた。さらにあの鼠の動き。まるで伯爵を転ばすのが目的のように足元を駆け回った。挙句に、伯爵が転んだ場所から、無くなったはずの宝石がでてきた。

「どこかに引っかかっていたのでしょう」

 場を収めるため、そう言ったが、そんなことがあるものか。

 あの伯爵のことだから癇癪を起こし、別荘でも使用人に当り散らしただろう。使用人たちは必死に探したに違いない。それが尻餅をついただけで出てくるなど、ありえない。


 ミアが動物と心を通わせる月の乙女なら全て説明がつく。

 おそらく使役した動物はあの縞鼠だけではない。鼠で皆の注意をそらし、その隙にもう一匹に伯爵の服の中に宝石を仕込ませた。

 灰銀狼を恐れないのもおそらく月の乙女であるがゆえだろう。襲われないと自信がなければ夜の森に一人で帰ろうと思うはずがない。

 

 月の乙女であることを隠すため、一人で森に住んでいる。

 考えれば考えるほど、己の推察に間違いはないように思われた。

 問題はなぜそうまでして乙女であることを隠すのか、だ。乙女と認められればヴィーシに集められ、手厚い保護を受ける。教養も身につく。待遇はいい。神殿での暮らしと聖騎士に憧れ、乙女を騙り神殿に入り込もうとする者もいるほどだ。

 娘を手放すことを嫌がる家族が隠すこともあるが、死別しているならそれもない。

 それに森が沈黙する理由もまだ掴みきれない。月の乙女を前にしてなぜ動物たちは声を潜める?


(わからないが……)


 ミアが月の乙女であることを森が隠そうとしている。漠然とそのようにイーライには感じられた。

 何れにせよイーライがやるべきは、ミアが月の乙女であるという確証を掴みヴィーシの神殿で保護することだ。


(それにしても、舐められたもんだな)


 ミアが前を向いているのをいいことに、その頭を睨みつける。

 月の乙女であることを隠しているのに、聖騎士のイーライの前で動物を使役するとは。


(俺のことを阿呆だとでも思っているのか?)


 確かにこの三日間、あてもなく森をさまよっていただけである。先ほどはミアの誘導にひっかかって、まんまと宝石から目を離した。


(絶対に尻尾を掴んでやる)


 密かに闘志を燃やす。それが聖騎士としての責務か、個人的な執念か。イーライにも分からなかった。



※※※※※



 はやまった。

 そうミアが思った時には挽回は不可能だった。


「石をこちらに。私が拾ったことにします」


 金髪の聖騎士がまさか村の子供達をかばうとは思わなかった。騎士の言葉を聞いた時にはすでに宝石は子供の掌にはなかった。

 村の人間には世話になっている。

 ミアが森の中で一人、暮らせるのは、薬草や毛皮を買い取ってくれる彼らのおかげだ。その上、母を亡くし、一人きりになったミアを何くれとなく気遣ってくれる。

 カッセル伯爵の悪名は森に引きこもるミアの耳にも届くほどである。

 ほんの恩返しのつもりだった。

 だが聖騎士が手助けするなら、ミアが手を出す必要などなかったのだ。


 昔、村の祭りにひっぱりだされて参加したとき、村の娘たちが、街で見かけた聖騎士の話に花を咲かせていたことがあった。乙女に付き従い、身を呈して乙女を護る。騎士の様子を娘たちは頰をそめて語り合う。

 確かに、村を訪れた聖騎士イーライは女受けの良さそうな整った見目をしていた。目に見える態度は誠実そのもので、なるほど理想の騎士に見える。

 黒地に銀の刺繍が入った騎士服に映える明るい金の髪も素晴らしいが、特筆すべきは紫の目だろう。光の加減で濃淡を変える紫の瞳を柔和に細めて笑う、その様は温和で優しい騎士にしか見えない。

 だが今朝、彼と旅を共にしたものに聞いた話はちょっと違う。


『聖騎士イーライ? 筋金入りの助平だね』


 イーライについての情報を求めたミアに、彼はそう答えた。


『すれ違った女の腰つきがたまらないとか、胸に顔を埋めて眠りたいとか、あのハゲにあんないい女勿体無いとか言ってたよね』


 森の中での態度を思い出す。

 常に紳士だったが、下心が混じっていたのかもしれない。


(……やっぱり、ないか)


 イーライの好みは出るところが出た派手な美女らしい。どちらもミアには当てはまらない。派手なのは母譲りの赤い髪だけ。必要最低限の食事しかとらない体は凹凸に寂しく、顔つきもいたって平凡だ。


『昨日は、ヴィーシを離れたし聖騎士の身分隠して思いっきり遊びてえなって言ってたよ。帰りの港町の女がどうとか。イーライさぁ、僕の世話しながら結構独り言を言うんだよね。聖騎士のくせに迂闊だよねー』


 ぺらぺらと喋る情報源。ミアの中でイーライは女好きの助平という印象が残った。


 見目がいいだけの女好きの聖騎士だと思っていた。イーライが子供を庇うのはミアには予想外だった。


(意外と骨がある)


 イーライの印象が多少上向く。多少だ。

 見た目が良く女好きの人のいい騎士。ミアの中でイーライはそう位置づけられた。



 夕食の片付けをしていると、ガリと扉を引っ掻く音が聞こえた。久しぶりに聴く音だ。以前聞いたのは……二年は前になる。

 鍵を開けて表に出る。

 木々の葉の隙間から差し込む月明かりのした、銀色の獣が佇んでいた。

 獣はぐるると低い唸り声をあげた。


『厄介な異物が入り込んでいるようだな』

「森の調査に来たんだって」

『ふん、余計な真似を。ここ数日、お前に付きまとっているようだが……。咬み殺すか?』


 ミアは首を横に振る。相手は聖騎士だ。何かあれば、次が来る。しかも次に来るのは仲間の仇を討ちに来る殺気立った騎士たちになるだろう。


「大丈夫。しばらく付き合えば、諦めるでしょ」


 イーライがこの森から持ち帰れるものはなにもない。

 ヴィーシに帰るころには気付くだろう。懐が寂しくなるだけだったと。

 銀の獣は不満げに喉を鳴らす。

 ミアは「おやすみなさい」と言って家に入った。

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