八話
カッセル伯爵相手に、僅かでも弱みを握られる事態は避けたかったが……
(仕方ない)
「石をこちらに。私が拾ったことにします」
振り返って子供の掌を見る。石が消えていた。
「え? あ、あれ? さっきまで俺、持ってたのに。ない。どこにもないよ!」
子供は首を傾げた。それからおたおたと自分の服をまさぐりだす。
伯爵の来訪に気を取られた一瞬の間に紛失するとは大物だ。
「落ち着いて、よく探して」
イーライは地面に目をやるがどこにもない。
男児の服の中も一緒に探したが、やはりない。側にいた他の子供たちも一様にどこに行ったのか分からないと言う。
付近に目をやれば、道の脇に積まれた藁の束と、井戸。伯爵の来訪に驚いた子供が落としたとしたら……
(最悪だ……)
伯爵の落し物らしき立派な宝石を拾いました。今し方まで持っていましたが無くしました。そんな言い訳が通るわけがない。
これがイーライ一人なら、素知らぬ顔でやり過ごす。だが子供が四人もいたのでは、口止めをしても、いずれ誰かから漏れるだろう。
「一先ず、家に戻りなさい」
かくなるうえは、鳥に攫われたとでも言うべきか。
イーライは子供たちに言い置くと、騒がしくなった村の入り口へと急いだ。
後ろから足音が聞こえ、振り返ればミアが小走りでついてくる。無関係だとばかりに森に帰るかと思ったが……
一連の出来事をミアに証言されるのもまずい。紛失時に近くにいた人物だ。心証が悪くなるだけだろう。
「何も言わぬように」
走る速度を一旦落とし、ミアに並ぶと告げる。頷いたのを見て、イーライは再び速度を上げた。
「この中に盗人がいるのはわかっておる! 今すぐでてこないか! 今名乗り出れば鞭打ちで済ませてやらんこともない!」
村の入り口。趣味の悪い馬車の前で伯爵は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
村長と、世話役の男が必死にとりなし、それを遠巻きにする村人の輪。
「いかがされましたか」
その輪をかき分け、イーライは伯爵の前に進み出た。
「イーライ様! 昨日、私の宝石を盗んだ不心得者がいたようでしてな。お恥ずかしい限りです。しかし聖騎士様には関係のないこと、お気になさらず」
神殿は権力と切り離されている。各国の王や貴族の介入を防ぐが、逆もまたしかり。領主と領民の間に聖騎士は立てない。
「昨日ですか。では私も無関係とは言えませんね。無くなった宝石はどのようなものですか?」
だから当事者の一人として、身をおくのが精一杯だった。
「母の形見でしてな。大粒のサフィルーアの石です。いつもは胸にさげとるんですが、鎖が切れましてな。昨日はポケットの中に……。それで気づくのに遅れたのですよ」
イーライは頷く。悲しげな顔で。
「母君の形見を……。それはお悲しみでしょう。ですかポケットに入っていたのなら、どこかに落とされたのかもしれません。皆で探されては? 微力ながら私も手伝わせていただきます」
さっきの場所に戻って藁の中や井戸をくまなく探さねばならない。
「馬車や屋敷はもう探しましたとも! この村に違いない。もし、もしも、落としたのだとしても、落ちていた宝石を拾って盗んだに違いありませんぞ!」
無茶苦茶だ。だが、無茶を通すのが貴族である。
(まずいな)
現物がない限りイーライにはどうしようもない。打つ手を考えあぐねる。と、輪の一番外から「きゃああああ」と絹を裂くような悲鳴が上がった。
皆の視線が一斉に声がしたほうに向く。周囲の村人が声の主が距離を取る。
「ミア……さん?」
人の波が割れた場所にミアがいた。
「申し訳ありません、縞鼠が……。びっくりして、つい。しっしっ」
確かに足元に小さな縞鼠がまとわりついている。ミアが追い払うと、茶と薄茶の縞縞の鼠は、「チュウ」と一声鳴いて走り出した。輪になった村人の足元を駆け周る。それを避けようとする村人が、あちらこちらでぶつかり合う。
騒動を起こした縞鼠はとうとうカッセル伯爵の足元に逃げ込んだ。
「な、なんだ。この鼠。こら、あっちへいけ」
チョロチョロと走り回る鼠をさけ、まるでダンスをするようにステップを踏む伯爵。だが、その巨体で、かろやかなステップは踏めず、ついには足をもつれさせその場に尻もちをつく。
「くそっ、この鼠が!」
伯爵は先ほどよりも真っ赤になって、体を起こした。その巨体の下から出てきたものに、皆があっけにとられる。
日の光を受けて、青く光る透明な石。
「は、伯爵様……。宝石が……」
村長が震える指で青い石を指差した。
「宝石だと? どこにあると……」
伯爵の言葉は最後まで続かなかった。今しがた自分が尻もちをついたその場所から出てきた宝石に目を点にする。
「ある……な」
しんと場が静まり返った。
言葉を失うもの、怒りの眼差しを向けるもの、明らかに笑いを堪えているものもいる。だが、ここで笑えば火に油をそそぐようなもの。
「お探しのサフィルーア。無事に出てきたようですね。喜ばしいことです。きっとどこかに引っかかっていたのでしょう。それより伯爵、お身体を痛めてはおられませんか? 急ぎ医師に見せるべきですよ。軽い怪我と侮っては後が怖いですからね」
イーライは強引に話をまとめる。
「そ、そうですな。言われてみればどうも腰が痛いような……」
立つ瀬のない伯爵はちゃっかりそれに乗った。
「それは大変だ。どうぞ、お気をつけてお大事になさってください。ささ、皆は仕事にもどりなさい」
我に返った村長が、後押しをし、村人を散らす。
不満を抱えながらも、村人たちは大人しくそれに従った。
残されたのはイーライとミア。
「森、いきますか?」
イーライは隣のミアに目を落とした。
夕焼けのようや赤い髪に目を奪われ、見落としがちな混じり気のない黒の瞳。その奥にある光に今更ながら気づく。
聖騎士などをやっていると、様々な人間を見る。乙女の力は常人には計り知れない価値がある。商人、貴族、街人、様々な人間が乙女の力に群がる。これは心の内を見せない油断ならない者の目だ。
「ええ、お願いします」
イーライはミアの目を見て、にっこりと微笑んだ。




