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そこは沈黙の森  作者: 小声奏
カッセル伯爵の宝石
6/13

六話

 ミアの案内による森の調査は三日目の終わりを迎えようとしていた。

 今のところ、手応えはまったくない。

 森が静まり返った原因も、ミアの反応も。

 この森の生物の営みは全くその他の森と変わりない。「普通の森でさあ」と騒ぎ立てずに平然と生活している村人たちの反応が正しいのであって、声がしないからと怖がる乙女やわざわざ調査に来た自分が過剰な気さえする。

 しかし、森を出て鳥の鳴き声を聞くとその異質さを思い出す。この森の生物はまるで声を出す器官を失ったかのようだ。

 これが例えば一つの種だけなら、身を守るため必要に応じて、そのように独自の道に進んだと考えられたかもしれない。だが、全ての生物に同時に同じ変化など起こり得ないだろう。

 なにより、太陽の乙女が植物の声が聞こえないと証言してるのが気がかりだ。森の植物は青々としており、枯れても病にかかったりもしていない。植物の異変は太陽の乙女以外には察知不可能なものだ。本当に声がしないのか、実は小声で囁いているのか、イーライには分からない。

 神殿から怖がる乙女をひっぱりだすのは本意ではないが、このまま進展がなければ、調査に加わるよう要請を出さねばならないだろう。



「お疲れ様でした。ではまた明日」


 森の外れでぺこりと頭を下げると、ミアが頭を下げる。

 そのまま森へ帰ろうとしたミアを押しとどめた者がいた。


「聖騎士様! ミア!」


 顔色を変えた世話役の男が村の方角から走ってくる。

 足を止めると肩で息をする。


「どうかなさいましたか?」


 慌てて走ってきた世話役の様子から、何事か起こったのは明らかだ。

 イーライは腰の剣に思わず手をやって訪ねた。


「そ、それが、領主様が……カッセル伯爵様がいらっしゃったんです。森の調査に来た聖騎士様に会わせろとおっしゃって村で待っておられます」


 イーライは眉をひそめる。

 勝手に神殿が己の領地を調べているのが気に食わないのだろうか。

 文句をつけにきたのなら、お門違いもいいところだ。

 たとえ一国の王を前にしても、乙女も聖騎士もひれ伏さない。神殿はどの国の権力からも隔絶されている。たかが一伯爵が命を下したところでイーライに従う義務はない。


「わかりました。お会いしましょう」


 伯爵が神殿のあり方を勘違いしているのなら、正さねばならない。


「では、私はこれで」


 まるで伯爵の来訪など興味がないと言わんばかりにミアが踵を返そうとする。


「待て、ミア! 村長がお前も連れてこいと仰せだ」


 ミアは不服を前面に出した顔で「なぜ?」と聞いた。


「森の状態について説明せねばならんだろう。お前が一番、森に詳しい」


 ミアは長いため息をつき渋々了承する。

 世話役にせかされつつ村へ戻る。

 出迎える女たちの姿はなかった。村はしんと静まり返っている。奇妙な緊張感が漂っていた。

 村長の屋敷の前に豪奢な馬車が一台止まっていた。金でごてごてと飾り立てられた悪趣味な造りだ。馬車を見るだけでカッセル伯爵の為人が知れた。


 案内された部屋へ入る。


「聖騎士様。お待ちしておりました」


 振り返った村長は額に汗を浮かべていた。暑いわけではない。緊張のためだろう。

 奥の簡素な木の椅子に座るのはでっぷりと太った髭の紳士に、茶色い髪の令嬢。背後には執事然とした男と護衛らしき男が二人立っていた。

 そう広くない部屋の中にこの人数。髭の紳士(どう見てもこの男が伯爵だろう)の体格も相まって、狭苦しい。

 カッセル伯爵はイーライを認めると、急いで立ち上がる。その動きは機敏とは言い難いが。


「これはこれは聖騎士様。我が領地によくぞおいでくださいました。田舎ではありますが、豊かな地でしてな。農耕、酪農はもちろんですが、先ごろ金の鉱山が見つかりまして、我が領地のますますの発展は間違いないでしょう。ところで我が領地の名産、斑牛のチーズは召し上がりましたかな? あれは果実酒によく合いましてな。聖騎士様にも、気に入っただけるかと……」


 口を開くなり立て板に水のごとく流れる領地自慢。

 てっきり不満を申し立てられるのだと思っていたイーライは気抜けした。

 隣の粧し込んだ令嬢がちらちらとイーライを見る。


(そういうことか)


 聖騎士を婿にと望む貴族は少なくない。聖騎士は狭き門だ。年に一度の試験に通るのはほんの一握り。優秀であると保証がついているようなものである。

 加えて、背後に面倒な親戚がおらず、さらには女たちの憧れの的となれば、娘に甘い貴族が群がる。

 実際、中には乙女に選ばれず貴族と縁を結ぶものもいる。ただし、貴族と繋がった時点で聖騎士の位は剥奪になる。女神の遣いである乙女を守護するという志のもと聖騎士を目指すのだ。その数は少ない。


「聖騎士イーライです。失礼ですが?」


 止まらない伯爵の口を閉ざすため、イーライは分かりきった質問をした。


「ああ、私としたことが、名乗りもせず失礼いたしましたな。私はブルーノ・カッセル。これは娘のアンネリーエです」

「アンネリーエと申します」


 娘が立ち上がり、優雅に礼をする。

 見目は決して悪くない。手入れの行き届いた茶色い髪に同色の瞳。歳は一七、八。貴族の娘ならば、相手が決まっていそうなものだが、伯爵の御眼鏡にかなう婿が見つからなかったか。娘自身の理想が高いのか。

 伯爵が椅子に座るとギシリと音がなる。椅子が耐えられるか心配だ。


「この者から話は聞きましたが、森を調査なさっているとか。しかしこのような村では滞在もご不便でしょう。近くに別荘がございましてな。どうぞそちらにお移りください。このカッセルの名にかけてきっとご満足いただけるよう、持て成させていただきますぞ」


 どうやら森に興味がないらしい。

 調査の成果も聞かず、伯爵は大きな腹を叩いて「なあ、アンネリーエや」と娘を見る。

 別荘に移れば、贅を凝らした料理に、一等の客室、ふかふかの寝台が付いてくるのだろう。もしかしたら夜中に娘の訪問つきかもしれない。

 食指が動かぬわけではないが、囲い込まれるのが目に見えている貴族の娘はごめんだ。聖騎士の位を捨てるつもりも今はない。


「有り難いお申し出ではありますが、聖騎士は貴族方との過度な交友を禁じられております。お気遣いは無用です」


 人当たりの良い笑みを浮かべる。

 阿るつもりはないが、無駄に敵を増やす気もない。


「そうでございましたなあ」


 腹をさすりながら伯爵は言葉を続ける。


「いや、しかし聖騎士様がわざわざ調査においでになるとは、森の異変もさることながら、この村の領民が心配ですな。領主として、様子を見なければ。しばらく別荘に滞在するとしよう。イーライ様、お困りの際はぜひお声がけを。必要とあらば協力はおしみませんぞ。ああ、もちろん、神殿の邪魔をする気は毛頭ございませんとも。では今日のところはこれで……」


 イーライを諦めるつもりはないらしい。

 帰って娘と作戦でも練るのか、伯爵は上機嫌で娘を伴い村長の家を出て行った。

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