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そこは沈黙の森  作者: 小声奏
序章
2/13

二話

 鏡のように磨かれた廊下を歩き、イーライは神殿長室に向かう。

 すれ違った乙女がイーライを見て恥ずかしそうに頰を染めて俯いた。

 無理もない。

 何せこんなに格好いいのだ。

 輝く髪は黄金よりも眩く、珍しい紫の瞳はどんな宝石にも負けない。

 神殿の乙女はもとより、貴族のご令嬢に言い寄られることもしょっちゅうだった。


(ああ、俺ってば本当に格好いい)


 廊下に飾られた鏡に映る自分を流し見て、イーライは微笑んだ。自分に向かって。

 もちろん、見た目だけではない。

 見た目に似合うように幼い頃から研鑽を積んだ。

 昼は剣を学び、夜は勉学に励む。

 一番見た目がいいのだ。実力も一番でなくてはならない。

 ダイアンの銀の髪が美しいだとか、リオの勇猛果敢さが頼もしい、なんて声も耳にするけれど、そのうち皆気づくだろう。


(俺が一番格好良くて、一番強いってな)


 イーライは長い足を存分に生かし、颯爽と廊下を歩いた。

 神殿長室は神殿の二階、中庭を見渡せる場所に位置する。

 中庭では見習いの乙女たちが植物や小鳥と思い思いに語らっていた。

 小鳥が空を舞い、それに合わせて白地に赤い線の入った月の乙女のローブを着た少女が顔を上げ、イーライと目が合う。


「イーライ様!」


 その声を皮切りに、乙女たちから起こる歓声。イーライは笑顔で手を振った。

 いつまでも聞いていたい心地よい響きだがそうもいかない。

 表情を改めると、飴色の大きな扉を叩く。すぐに中から声がした。

 イーライは扉を開けて中に入り、頭を下げた。


「お呼びと伺い参りました」

「ああ、来ましたね」


 椅子に座り、机の上の書類にペンを走らせていた四十がらみの男が顔を上げた。

 太陽の乙女の長や、月の乙女の長が、神殿長を務めることが多いが、当代の神殿長は男だ。

 二月前に神殿長の役に就いたばかり。

 ヴィーシにあるどこかの国の公爵家の出だと聞いている。

 神殿に一国の意思の介入は許されないから、身分を捨ててきたのだろう。


「イーライ。貴方はこの神殿で一二を争う剣の腕の持ち主だと聞きました」

「我が身には恐れ多い評価です」


(一二じゃない。一番だ)


「それに神殿の歴史や役割についても造詣が深いそうですね」

「聖騎士として当然のことです」


 欠伸がでそうな古めかしい書物を読み漁った成果だ。

 貴族の女たちに神殿のことを聞かれて答えられなければ、せっかくの聖騎士の地位が霞む。


「ではお聞きします。神殿が建てられた理由は?」

「一つは乙女の力の利己的な利用を防ぐため。もう一つは乙女の心を守るためです」


 淀みなく答えると神殿長は満足げに頷いた。


「その通り。清らかな心を持つ乙女は外界に長くあっては病んでしまいます」


 乙女は尊敬を集める存在ではあるが、理解の不十分なものはいる。

 私利私欲のためにその力を利用しようとしたり、太陽の乙女に植物由来の食べ物を供したり、月の乙女に動物由来の食べ物を供したりする。

 結果、乙女は病み、食べ物を受け付けなくなってしまう。下界で乙女は長く生きられないというのが通説だ。


「ユクシ大陸のツェーン国はご存知ですか?」

「初めの大陸ユクシで十番目に建国された国と記憶しております」


 乙女の赴任先についていくのが聖騎士だ。将来、どこに行くかわからない。イーライはヴィーシの出身だが、他大陸の情報も抜かりなかった。


「その通りです。そのツェーンのカッセル伯爵領に奇妙な森があると、隣のマインツ男爵領の神殿から連絡が入りました」

「隣の男爵領からですか?」


 伯爵領に神殿はなかったのだろうか?


「その森は伯爵領と男爵領の境目の少しばかり辺鄙な場所にありましてね。近くの村の住人以外誰も近づかないのですよ。男爵領の月の乙女が森のそばを通りかかったのも偶然のようです」


 イーライは直立し無言で話の続きに耳を傾ける。


「その月の乙女によると、なんでもそこの森からは一切の声が聞こえないと言うのです」


 イーライは表情には出さず、神殿長の話を訝しんだ。

 森には本来豊かな生態系が存在する。虫や小動物、それを捕食する大型獣もいるはずだ。小さな虫の声を聞き取れる乙女は少ないが、小動物……とくに鳥の声はほとんどの乙女が得意とする。

 鳥がいない森などありえるだろうか?


「数日後、月の乙女の話を聞いた太陽の乙女が出向きました。しかし、太陽の乙女にも声が聞こえなかったそうです」


 ますますもって不可解だ。

 植物の育たない死地はある。その場所で太陽の乙女に聞き取れる声がないと言うならわかるが、木の生い茂った森で?


「こんなことは初めてだ。あの森はおかしいと乙女たちが怯えているそうで、調査の依頼が入ったのですよ。貴方には森で起こっている変異を調べてきていただきたいのです」


 各地の騎士は乙女の警護で手一杯だ。

 不測の事態で中央神殿に依頼が舞い込むのはよくある話だった。なにせここには主を持たぬ聖騎士が数多くいる。


「承知いたしました。至急出立の準備をいたします」


 そう言って、イーライは神殿長室を辞した。



 食料と携帯薬の確保と、馬と船の手配、出立に向けやることは多い。

 しかも例を見ない異変があった森の調査だ。危険を伴わないとも限らない。

 しかしイーライの足取りは軽い。

 ヴィーシ出身のイーライはこの大陸から出たことがなかった。

 ユクシ出身の騎士によると、かの地は華やかな美女が多いらしい。


(まずはマインツ男爵領の神殿に寄るべきだろうな)


 森を訪れたという太陽と月の乙女の話を聞きにいかねばならない。

 これには正直気乗りしなかった。

 なぜならそこにいる乙女はもう全員、騎士を選んでいるからだ。

 話を聞いたら、さっさとカッセル伯爵領に向かおうとイーライは段取りを組む。地方の神殿に長居は無用だ。


(今の騎士は中央に返すから、私の騎士になって。なんて言われたら、困るしなあ)


 実際、心を捧げた騎士を断り、イーライに直談判に来た乙女もいる。


「大変光栄ですが、私はまだまだ修行中の身。大切な御身を護るに相応しい聖騎士をお選びください」


 と言って断った。

 当然、自信がなかったわけではない、単に乙女が好みではなかっただけだった。

(積極的な娘は好きだけどな)


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