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第76話 歩と春海(2)

「春海」

「ん? ありがとー」


 話題を変えるようにかたりと目の前に置かれたマグカップを大切そうに両手で抱えた春海が顔を上げた。


「花江さん、ミルクと砂糖ももらって良い?」

「ええ」


 普段使わないミルクと砂糖を手渡しながらの視線に気づいた春海が照れくさそうに笑う。


「ありがと。ちょっと甘い物が飲みたくて」

「春海、疲れてるんじゃない?」

「まあ、今のところは大丈夫。

 私が倒れたら皆が困るから自重はしてるもの」


 笑顔を浮かべた春海を訝しげに花江が見つめる。


「本当に大丈夫なの?

  勇太くんが心配してたけど、ちゃんと食べてる?」

「あー、うんうん」

「……怪しいわね」


 春海の言葉に眉を寄せた花江が思いついたように顔を上げた。


「そうそう、今シチュー作ってたの。

 多めに作ったから持って帰らない?」

「え、それはありがたいけど。

 もしかして明日のメニューとかじゃなかった?」


 花江が目の前の鍋の蓋を開けると大きめに切られたじゃがいもや人参の入ったシチューが入っており、静かに湯気を立てていた。


「これは今日の夕食にするつもりで作ってたの。

 どこかに入れ物があったはずだから、ちょっと待ってて」


「ん? 今日は花江さんが夕食作るの?」

「本人は治ったって言ってるけど、とりあえず今日まではね。あ、あの上にあったわ」

「?」


 目的の物を見つけたらしい花江が棚の上に手を伸ばしていると、奥から物音が聞こえてきた。



「ただいま。

 ごめんなさい、遅くなっちゃった」


 首にマフラーを巻いた歩が身体を縮ませながら住居スペースから現れ、春海を確認した途端ぱっと顔を明るくする。


「おかえり。歩」


「……ただいま、です」

「何で丁寧語?」


 困ったように返した挨拶に思わず笑うと、安心したように歩も微笑んだ。ようやく取り出せたらしい密閉式の容器を持って来た花江が歩の姿を確認すると心配顔を見せる。


「随分遅かったわね」

「あ、うん。

 ちょっと話こんでで」

「いくらミネさんが引き留めたからって長居しちゃ駄目よ。

 風邪が治ったばかりなんだから、うつしたり、ぶり返したら大変でしょう」

「もう熱も咳もないし大丈夫だよ」


「え! 歩、風邪ひいてたの!?」


 すっとんきょうな春海の声にぎくりとした様子の歩と困り顔の花江が同時に振り向く。


「そう。

 この子しばらく寝込んでたのよ。まだ本調子じゃないから休んでて良いって言ってるのに」

「もう治ったから」


 珍しく遮るように歩が話を終わらせると、気まずそうにマフラーを外して洗い物の溜まったシンクに向かう。その姿に小さくため息をついた花江が春海の視線に気づき、やれやれといったように肩をすくめた。何となく理解した事情を打開すべく歩に気づかれないよう花江に目配せを送ると、それだけで察してくれたらしい花江が誰に聞かせるわけでもなく「お鍋上げてくるわね」とシチューの入った鍋を持って、居住スペースに消えた。

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