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第67話 鳥居春海 (11)

「そういえば、野中さん彼女出来たらしいぞ」

「マジ? 私が知ってる人?」

「いや。

 春海と入れ替わりで入った子」

「ふーん、そうなんだ」


 身体を重ね合った後、明かりを落としたベッドで寄り添いながら、前の職場の近況報告に耳を傾ける。抱きかかえられるように回された腕と触れている素肌が心地良くて肩に頬を擦り寄せると身体を密着するように押し付けられた。


「九才年下の子と付き合うって凄くないか?」

「九才!? 野中さん頑張りすぎじゃない?」

「それが面白くてさ、彼女の方が熱心にアプローチしてきたんだってさ」

「あー、野中さんって頼れる人って感じだったし、そうかもね」


 一見大柄で強面ながら穏やかで気配り上手だった先輩の顔を思い浮かべながら、隣に並んだ女の子を想像する。べた惚れらしき彼女はきっと野中の内面に惹かれたに違いなくて、是非とも幸せになってほしいと思う。


「……案外九才差でも上手くいくかもよ。

 最近の女の子って意外としっかりしてるし」

「どうした? やけに実感こもってるな」


 九才差と聞いて歩を思い浮かべながら顔の知らない彼女を擁護すると、意外そうな口調で圭人が訊ねる。


「前に話したでしょう、レストランやってる友人の花江さん。あの人に姪ごさんがいるんだけどね、その子が私と九才離れてるの」

「じゃあ、十九か。

 うわっ、全然子供だな!」


 年齢を計算した途端何故かツボに入ったらしく、くつくつと笑う圭人に軽く苛立ちを覚える。


「そんなこと無い!

 頼りになるし、すっごくしっかりしてるんだから」


 いつの間にか身体を起こしていたらしく、目を丸くした圭人の顔が真下から見上げている。


「あ……、えっと、ごめん」

「あ、ああ。

 別に馬鹿にしたつもりじゃないんだけど……」

「うん」


 圭人を見れなくて顔を胸元に埋めるように強く押し付けると、再び回された腕に安心して誤魔化すよう鎖骨に頬を寄せた。


 常日頃から勇太が歩を子供扱いしているのは気にならないのに……


 そこまで考えて直ぐに結論にたどり着く。


 圭人は歩を知らないからだ。

 歩は気づいていないだろうが、歩と接するときの勇太の眼差しはいつも優しい。親愛に近いまるで妹に向けるような眼差しを間近で見ているからこそ、笑っていられるのだ。


 それなら、圭人にも知ってもらいたい。




「……ねぇ」


「うん……?」




「一度くらい……向こうに遊びに来ない?」


 勇気を振り絞って口にした言葉は思ったより小声になってしまった。


 口には出さないものの春海の転職を快く思ってなかったであろう圭人にずっと後ろめたさがあって、二人の間で春海の仕事の話をすることは今まで避けていた。だから二人の会瀬はいつも春海が圭人の元へ通っていたし、圭人からは一度も仕事の事を訊ねられたことはない。


 だけど、向こうに暮らすようになってもう半年以上過ぎようとしている。


 新しい友人も出来たし、美味しい食事処も知っている。何もない町だけれど、会わせたい人がいて、見せたいものもあるのだ。

 自分が楽しいなら、圭人だってきっと気に入ってくれるに違いないから。


 そのまま黙ってしまった圭人に眠ったのだろうと話を諦めて目を閉じる。



「…………そうだな」


「本当っ!?」


 思ったより大きな声になってしまった事に気づくも、それが気にならないくらい嬉しくなる。そんな春海の様子に苦笑しながら離れた身体を引き寄せるように圭人が手を伸ばして頬を撫でる。


「大袈裟だなぁ、別に嫌がっていた訳じゃないだろう?」

「あ、う、ん」



 じゃあ、どうして今まで何も聞かなかったのよ?


 そう問い詰めたくなるのを我慢すると曖昧な返事になってしまった。ふと伸ばされた手が胸に狙いを定めていることに気がつく。


「なあ、つけずにするのは嫌か?」


 求められるのは嫌ではないものの、まるで交換条件の様な物言いに返事が出来ずにいると、沈黙を了解と捉えたのか背中に手が伸びてくる。


「ちょっ! 圭人!?」

「中で出さないって約束するから」

「だ……、っ!」


 言いくるめるようにそれだけ告げると、春海の反論を奪うように唇を重ねてくる。


 自分の意思とは関係なく反応してしまう身体を恨めしく思いつつ、繋がらずに圭人を満足させる方法を頭の中で必死に模索した。


 ◇


 いつの間にかアラームは止まっていたようで、目覚めは最悪だった。寝すぎたせいで気だるい身体を起こしスマホを引き寄せれば、時計は昼を表示していた。起きる気配のない隣の圭人に毛布を掛けて脱ぎ捨てた服を一まとめに掴むと、シャワーを浴びるために立ち上がった。


 熱いお湯を頭から浴びて昨夜の余韻が残った身体を洗い流せば、思考もようやくはっきりしてきた。それと同時に昨夜の出来事が甦り、恥ずかしさを振り払うかのように頭を振る。



 部屋に戻ると物音で目が覚めたらしい圭人がベッドから顔だけ向けてくる。まだ寝足りなさそうな表情に「おはよ」と声をかけてからドライヤーのコンセントを差し込んだ。


「少しうるさくなるわよ」

「おぉ……」


 温風を髪に当てている間にこれからの過ごし方を考える。明日も二人で過ごせるとはいえ時間は有限だし、この時間からなら遠出するのは難しいだろう。


「圭人、今日どうする?」


「…………んー」


 目を閉じたままのうなり声の後、黙ってしまった圭人に近づいてみると規則正しい呼吸音が聞こえてくる。


 そういえばえらく疲れてたっけ……


 軽い失望を思いやりに塗り替えて伸ばしかけた手を止めると、何か買ってこようと身支度を整える。

 玄関のドアを開けると外の眩しさが目に沁みた。今日の天気は晴れらしく、あちこちに見えるベランダには色とりどりの洗濯物が並んでいた。


 ──こんなに天気が良いのなら、布団干せば良かった。


 アパートのベッドに敷きっぱなしの布団に急に未練を覚えなからコンビニを目指して徒歩三分の道のりを歩き始めた。

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