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第65話 鳥居春海 (9)

 パソコンの画面から目を離さないまま、引き寄せたマグカップを傾ける。


「…………もうこんな時間かぁ」


 一滴も口に入らないことに気がついた後、とっくに空になっていた事を思いだし時計を確認すると大きく背伸びをした。


 窓の外は真っ暗で細い月が見えており、虫の鳴き声があちこちで飛び交っている。片付けながらスマホを確認するも、通知のない画面は「21:05」という数字だけを表示していた。



「……お腹すいた」


 戸締まりを済ませ、駐車場に向かいながら『HANA』のご飯を思い浮かべるとため息と共にぐぅ、とお腹が音を立てた。スーパーに買い出しに行くには面倒だし、コンビニのご飯でも買って帰ろうと空腹を訴える身体を宥めながらエンジンを掛ける。



 テーブルの片隅に作ったスペースに弁当を広げてテレビをつける。温かいご飯をつつきながらしばらくぼんやりと眺めていたものの、バラエティー番組から流れる笑い声に疲労感を覚えてテレビを消した。


 あれほど訴えていた空腹も気がつけば鳴りを潜めていて、その原因を思い返しては重い息を吐く。


 出来合いの物とは違う料理、何気ない会話、温かい雰囲気──


 ほんの僅かな間しか味わっていないのに、あまりにも居心地が良かったあの時間が恋しくて仕方がない。一人で食べる味気ない食事を諦めて箸を置き、鞄を引き寄せると中身を取り出した。




『おおかみ町の歴史』『おおかみ郷土料理』『地方都市の行方』『ふるさとを生かす』


 仕事終わりに立ち寄った図書館で借りてきたもので、いずれも目は通してある。手慰みにぱらぱらとページを捲りながら、いつしか春海は先日の出来事を思い返していた。


 ◇


「熱心だねぇ」


 感心したような声に花壇の水やりの手を止めて振り向くと、犬を連れた年配の男性が春海を眺めていた。この近所に住んでいるらしく、春海が花壇の草取りをしていた時に親しくなり時折声を掛けてくれるようになった人物だ。


「こんにちは。

 おかげさまで綺麗になりました」

「なに、大したことはしとらんが」


 花壇に花を植える際のアドバイスをもらって以来の再会にお礼を伝えると男性は相好を崩した。当たり障りのない世間話を交わし、散歩の途中だったらしい犬がリードを引っ張ったタイミングで話を終える。


「あんたたちが何してるか分からんが、若いうちは色んな体験をするのも良かろうよ。

 まあ、困ったことがあったらまた聞きに来んね」

「!

 はい、その時はお願いしますね」


 何とか笑みを浮かべて見送ったものの、男性が見えなくなった途端取り繕った表情を消した。先程の言葉は善意からのものに違いないからこそ反論しなかったが『何をしているか分からない』と言われたことはショックだった。


 毎月土日に何かしらのイベントを実施し、町報やホームページで参加や活動内容を載せてはいるものの、これまでに目立った成果は挙げていない。そもそもイベントに対してのおおかみ町民の反応が鈍く、救いとなっているのは子供たちの参加率が高い事だけ。



『町を良くする』


 大義名分は立派なものの、まだまだ自分たちは何も出来ていないのだ。

 何をしたらいいのか、何をするべきなのか?

 形にならないもやもやが心の片隅でくすぶっている気がして落ち着かず、気を抜けば常にぐるぐると回る思考がプレッシャーとなって襲いかかってくる。



「…………うまくいかないなぁ~」


 やる気ばかりが空回っている気がする。


 募る焦燥感を追い払うかのようにぐしゃぐしゃと髪をかき回しながら立ち上がり、冷蔵庫から酎ハイを取り出してベランダに向かった。


 二階建ての角部屋から見える景色は夜の10時を過ぎていないのにぽつりぽつりとしか灯りが見えず、ひっそりと静まり返っている。缶を開ける音さえも迷惑になりそうな静けさの中、ふと上を見上げるとおびただしい数の星が目に入った。


「…………」


 こうして星空を見るのなんて、どのくらいぶりだろう──

 その数の多さに息が止まりそうになりながら、無意識に記憶の彼方から習った星座の形を探すものの、星の数が多過ぎて分からない。

 ただ、目の前に見える景色はあまりにも綺麗で、頭の片隅でこの感動を分かち合ってくれる人がいないことを残念に思いながら缶に口を付けた。

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