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第64話 HANAの昼下がり (2)

 店内に戻ると、カウンターの二人が視線を向けてくる。


「花ちゃん、少し早めに閉めちゃったけど良いよね?」

「ええ、良いわよ」


「あれ? もしかして、私取り残されてる?」

「良いんじゃない、お客じゃないんだし。

 歩、コーヒー淹れたわよ」

「はーい。あ、そこに置いてて」


 花江の横をすり抜けてカウンター奥の冷蔵庫を開けると、切り分けてあったガトーショコラを取り出した。


「春海さん。

 郁恵ちゃんたちの残りで申し訳ないんですけど、ガトーショコラ作ったんで食べませんか?」

「おー、全然気にしないわよ。ありがとー」

「花ちゃんは?」

「そうね。貰おうかしら」


 取り分けた二つにフォークを添えて渡し花江から自分のマグカップを受けとると、いつものようにカウンターの奥に向かおうとする歩を春海が呼び止めた。


「歩、誰もいないんだし、たまにはこっちに座らない?」

「あ、はい」


 ちらりと花江の表情をうかがうも特に変化はなく、カウンターを抜けて春海がバックを移動させた席に浅く腰かける。何となく斜め前に座る花江を直視出来なくて、コーヒーを味わう振りをしてマグカップをゆっくり傾けた。


「あれ、歩の分は?」

「私はもう味見したので……」

「そんな事言わないで食べれば良いじゃない。

 もしかしてもう残ってないの? 私の半分あげようか?」

「いえ! まだ余ってるので大丈夫です」


 差し出される皿に拒絶の意思を示すと、春海の納得いかないような表情で見つめている。このまま断っていても逆効果だと気がつき、視線を泳がせながら今まで伝えていなかった事実を渋々打ち明ける事にした。


「あの、実は私……甘いものが苦手で」


「は?……………マジ?」

「マジです」


「だって、あんなに美味しいお菓子を作るのに!?

 え、ちょっと待って花江さん! お菓子が好きって言ってなかった!?」


 肩を揺らして声を上げるのを我慢しながら笑っている花江に、歩の言葉が真実だと気づいたらしい春海がぽかんとした表情を見せる。


「でも、前にパウンドケーキを渡したとき、美味しかったって言ってたわよね。

 もしかして、気遣ってた?」

「いえ、甘くない物なら大丈夫なんです。

 だけど、唯一チョコ系だけは殆ど食べなくて」


「あ、そうなの。

 でも 殆ど食べないって……ん? その割にはチョコが入ったお菓子って結構作ってなかった?」

「! それはっ、そうなんですけど……その、作りやすいというか」


 急に口ごもる歩に代わり、ようやく笑いの収まった花江が口を開く。


「お陰で私がいつも食べる羽目になるのよね」


 思い浮かべてみれば歩に渡したパウンドケーキはどちらかというと大人向けの味だったし、何度かここでお菓子を貰ったときも歩が食べているのを見たことがない。


「ほぇ~、じゃあパウンドケーキを選んだ私の選択って奇跡に近かったんだ」


 春海の言葉に歩と花江が声を上げて笑った。


 ◇


「そういえば、さっき来た女の子たちって歩の知り合い?」

「はい、町民体育祭の時に知り合って。

 わざわざ食べに来てくれたんです」


「へぇ、それでケーキを渡してたのね」

「あっ、その、あれは単に来てくれたお礼ですから!」


 単に事実を述べただけなのに何故か言い訳がましくなる歩の態度につい意地悪したくなる気持ちが芽生えた。


「ふーん、それじゃ私がいつもお菓子を貰ってるのも、ただのお礼なんだ」

「そっ!それはっ、」


「ごめんごめん。軽いジェラシーだから気にしないで」

「は、はい……」


 何気なく訊ねた質問に酷く慌てた歩に気がついてすぐに謝る。歩の性格上、親しくなった人にお菓子を振る舞うのは十分考えられたし自分が望んでいたのはこんな展開ではなかった。

 歩が誰に好意を向けようとも歩の自由だし、そもそもそれを面白くないと思ってしまった自分の一方的な感情故の言葉が大人げない。

 何よりも、


 ──九才も年下の女の子に拗ねてみせるなんて情けなさすぎるでしょう。


 自分の度量の狭さに内心で呆れながら、コーヒーと共に沸き上がる苦い気持ちを押し込んだ。


 ◇


「ご馳走さま。またね」

「ありがとうございました」


 いつものようにドアの手前まで見送ってくれた歩に挨拶して外に出ると『皆さんで食べてください』と歩から貰ったガトーショコラの包みを潰さないように肩に提げたバックを持ち直した。余ったからというわりにはいつも人数分入っているそれは常連客となりつつある事務所のメンバーへの歩なりの気遣いなのだろうか。



「あの、春海さん!」


 数歩歩いたところで呼び止められ振り向くと、ドアを押さえた格好で歩が立っている。


「春海さんが毎回美味しいって言ってくれるから作ってるんです。ただのお礼じゃありませんから!」


 顔を赤くした歩がそれだけ言うと春海に構うことなくドアを閉める。その言葉が先程の質問の答えだと分かった途端、自分の顔がじわりと熱を持つのが分かった。



「……………何あれ、可愛すぎでしょ」


 先程までの重い気持ちはどこかに吹き飛んでいったようで、ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら足取りも軽く事務所に向かっていった。

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