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灰色の私が幸せになるまで  作者: 菜央実


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第62話 土曜日午後の二人 (6)

「ごちそうさまでした。

 おやすみ~」


「今日はありがとう。おやすみ」

「おやすみなさい」


 満面の笑みで帰っていった春海を花江と二人で見送ると、家の中は一気に静かになった気がする。



「……なんだか急に静かになったわね」

「だよね」


 同じ様に感じたらしい花江の一言に笑いながら頷くと、食後のデザートまで食べてしまった胃を休めようとリビングに戻ってソファーに寝転がった。




「歩、お風呂空いたわよ」

「…………ん?」


 いつの間にか眠っていたらしく、ゆっくり瞼を上げると肩にタオルを広げた花江が目の前に立っている。


「あ、うん……」

「今日は出歩いたから疲れたんじゃない?

 寝るんだったらベッドに行きなさい」

「……お風呂入る」

「そう」


 眠い目を擦りながら着替えを取りに自室に向かうと、電気をつけたベッドの上に食器の入ったレジ袋が置いてあるのに気がついた。帰ってから夕食の支度にかかりっきりだったため、他の荷物と一緒に置いたままにしていたらしい。投げ出していたバックの中から封筒を取り出して着替えと共にリビングに戻る。


「花ちゃん、これ忘れてた。

 お釣と領収書は封筒に入ってるから」

「ええ、ありがとう」

「お風呂行ってくるね」

「はーい」



 熱いお湯に浸かる内に眠気はどこかに去ってしまい、さっぱりした気分で冷たいお茶を片手にテレビを見ながらグラスを傾けている花江の隣に座る。


「歩、飲む?」

「要らない」


 歩が隣に座ると毎回アルコールを勧めてくる花江をいつものようにばっさり切って、テレビに目を向ける。画面の中ではギターを抱えた女性シンガーが弾き語りをしており、何となく曲のタイトルをチェックしてみた。


「花ちゃん、この人知ってる?」

「今年一番売れた曲じゃない。歩知らなかったの?」

「……今知った」


 テレビの女性から視線を離さないまま花江の呆れたような声を聞き流す。独特の声とどこか陰のある目つき、少し眉を寄せて歌う表情を見つめているといつの間にか曲が終わっていた。CMに変わったテレビを聞き流しながらスマホでアーティスト名を検索すると、どうやら幾つかアルバムを出しているらしい。


「CD買うの?」

「買おうかな」

「レンタルで借りれば良いのに。スマホにダウンロードするとか」

「うーん……」

「まあ、好きにしなさい。

 でも確かに歩の好きそうなタイプよね」

「うぇっ!?」


 思いがけない言葉に目を丸くすると、花江が笑いながらスマホを指す。


「いつも車で流れてるあの洋楽歌手とか、ジャンルは違えど曲調は似てない?」

「そ、そうだっけ」


『好きなタイプ』が曲調を指していることに気づきほっとする。自覚が無かったものの、言われてみれば歩のお気に入りのアーティストは共通点が多い。女性で、声に力強さがあって、どこか陰があって……そこまで考えて、歌番組やドラマでいつも視線が行くのは女性ばかりだということに気づき、さっと血の気が引いた。


「たまにはコンサートとか行ってみれば良いじゃない。楽しいわよ」

「……だって、行ったことない場所に一人で行くなんて無理だよ」

「そんな事ないわよ」


 くすくすと笑った花江に何とか笑顔を返すと、CMが終わったらしく別の歌手が歌い出す。テレビを向いた花江の横顔にこれ以上話が広がらないことに安堵しながら画面をスクロールして、先程の曲の入ったアルバムを探した。


「ねぇ、歩」

「何?」

「あのペティナイフ。

 もしかして、歩用?」


「あ……」


 スマホから顔を上げると、真っ直ぐ見つめる花江と目が合った。


「えっと、あれだけは自分のお金で買ったから」


 会計は別にしてもらったものの同じ袋に入れてあった為、金額が合わない事を指摘されたかと説明するとふっと花江が微笑む。


「ちゃんと買えたのね、良かったじゃない」

「………うん」


 花江の意図が分かって急に照れくさくなり、スマホの画面に視線を戻しながら頷く。かたりとグラスを置いた音にテーブルの先にあるペティナイフの存在を意識すると、抱えていた一抹の不安を口にする。


「あれで良かったかな?

  他にもたくさん種類があったんだけど……」

「ペティナイフなら万能だし、さっき握ってみたけど使い勝手も良さそうじゃない。

 それに、歩が自分で決めたんでしょう」


「……春海さんが色々手伝ってくれたから」


 種類の多さに困惑する歩に代わり、使い勝手や用途、お勧めを店員に訊ね、歩好みの選択肢を幾つも揃えてくれた春海のお陰で自分一人では買いきらなかった金額のペティナイフを選べた事を思い出す。


「それでも良いのよ。

 封筒のお金使っても良かったのに」


 簡潔にしか伝えなかった言葉の裏側を察したのだろうか、花江がくすりと笑う。


「あー、うーん、そうなんだけどね……」


 歩の財布の中身も元を辿れば花江からの給料で、同じお金であることには変わりないのだが、何となく花江に買ってもらうのは違う気がしていた。上手く説明できないもどかしさに唸っていると、そっと頭を撫でられる。


「無理して言わなくても良いわ。

 さて、私はもう寝るけど。……歩はまだ観る?」

「ううん、もういい。

 花ちゃん、グラス片付けようか?」

「あら、ありがと」


 テレビを消して空になったコップと花江のグラスを水で洗うと布巾で水滴を拭う。水切りかごの中には普段よりたくさんの皿やグラスが鎮座していて、今日という日が非日常であったことを実感する。


 一日の大半を春海の隣で過ごした今日は随分長くて、とても短かかった。



 傍にいたい。

 もっともっと一緒に過ごしたい。


 この気持ちは友情であるべきもの。

『気の合う友達として』で構わないから──



『あたしが歩を幸せにしてみせるから』



 何度も頭の中で繰り返した言葉の意味を決して間違えないように、キッチンの電気を静かに消した。

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