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第60話 土曜日午後の二人 (4)

 春海と友人関係になったからといって、直ぐに気持ちを切り替えられるほど歩は器用ではない。

 それでも、高ぶった気持ちが落ち着いた後で泣き顔を見られた恥ずかしさから顔を上げれずにいる自分を責めず、むしろ微笑ましげに見守ってくれる春海の気遣いを無下にできる程子供でもなくて、少しずつ会話をするうちにやっと顔を合わせて話せるようになった。


「それじゃあ、行きましょうか」

「すいません。長々と座り込んでしまって……」


 立ち直るのに決して短くない時間を費やしてしまった事を詫びれば、ぽんぽんと頭を撫でられる。


「もう謝らなくてもいいって言ったでしょう。

 歩はこれから謝るの禁止ね。分かった?」

「は、はい……」

「ほら、荷物預けに行くんだし、立った立った」


 春海に急き立てられるように立ち上がり、持っていたレジ袋を預けるためコインロッカーに向かった。



 会話も隣に並ぶぎこちなさも全然慣れない歩をさりげなく気遣ってくれる春海に、くすぐったくてふわふわとした気持ちを抱きながらついていく。向けられる笑顔は優しくて、眩しくて、楽しそうで──そんな表情を間近で見せられてその度にどぎまぎする胸の内を悟られないようにしつつも、少しずつ会話は増えていった。


 ペットショップでガラス越しの動物を眺めながら犬と猫のどちらが欲しいか言い合ったり、ゲームセンターで対戦ゲームをしてみたり、雑貨屋の駄菓子売り場で花江へのお土産を選んだり、気がつけば時計の針はあっという間に過ぎていて、そろそろ夕食の支度をせねばならないことに思い至る。薄暗くなった景色の中、二人して両手に荷物を抱えながら駐車場に向かう途中で春海にさりげなく話を向けた。


「春海さん、今日のご飯何か食べたい物とかあります?」

「ん?

 あたしは作ってもらう立場だから、何でも良いけど。

 花江さんから聞いてくるよう頼まれたの?」

「そんなところです」


 既にいくつかメニューは考えているものの、春海のリクエストも聞きたくて曖昧に肯定する。「うーん」と唸っていた春海が立ち止まって顔を上げた。


「卵焼きかな」

「卵焼き、ですか?」

「そう。

『HANA』の卵焼きってほんのり甘いじゃない?

 あたしあの味加減が好きなのよね~」

「……分かりました」


 春海が指しているのは時折小鉢で出す卵焼きの事らしく、それ自体作ることは難しくない。ただ、作り置きの卵焼きを調理しているのは歩で、春海がそれを知らないはずなのに『好きだ』と言ってくれる事が嬉しくてそっと下を向いた。


「久しぶりに楽しい休日を満喫出来たし、帰ったら美味しいご飯が待ってるって最高~!」


 上機嫌で歩く春海に笑い返しながらも思った以上に夕食を期待されているらしい。


 帰ったら花ちゃんに味見してもらおう。


 既に下ごしらえを済ませてある食材を思い浮かべながら、花江に帰宅を知らせるためスマホを開いた。

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