第52話 おおかみ小学校学習発表会 (3)
俵状のマッシュポテトを小麦粉、溶き卵、パン粉の順にくぐらせてバットに並べる。揚げるだけにしたコロッケが並んだそれにラップを被せて冷蔵庫にしまい終えると、壁の時計を確認した。
「花ちゃん、コロッケ終わったからね」
「ありがとう。ところで、歩は時間大丈夫なの?」
「うん。
もう少ししたら支度するから」
花江がキャベツを切っていた手を止めて時計を見る。
「片付けは私がしておくから、準備しなさい」
「え、大丈夫だって」
「歩の『大丈夫』はあてにならないのよ。
手伝いならもう十分してもらったわ。春海と待ち合わせしてるのなら遅れる訳にはいかないでしょう?」
「は、春海さんだけじゃないからね!?」
まるでデートに送り出すような花江の口ぶりを否定するも「はいはい、分かってるわよ」と軽くあしらわれて厨房から追い出されてしまう。
「準備って言ったって着替えるだけだから大丈夫なのに……」
不満そうな台詞を残して居住スペースに向かった歩が、それでもぱたぱたと急ぎ足で廊下を走っていく姿を微笑ましそうに花江が見送った。
◇
「髪の毛、はねてないよね」
鏡の前で何度も見直した姿をもう一度確認する。白のパーカーと黒のジーンズというありふれた格好の自分が同じように向き合っていた。
「こんな事なら、服買っておけば良かった……」
出掛けることが決まって以来急に慌ただしくなった毎日に服を買いに行く時間もなく手持ちの服を全て引っ張り出してみたが、レパートリーの少なさにもう少しファッションの勉強をしておくべきだったと後悔した。花江にもチェックしてもらい合格をもらったものの、不安は尽きない。
「歩ー!
春海が来たわよー!」
店から聞こえる花江の声に慌てて時計を見れば、余裕のあったはずの時計の針はいつの間にか待ち合わせ時刻に近づいている。
「え! はーい!!」
ベッドの上に置いていたバックを抱えると、ドアを開けるのももどかしく玄関に向かって走っていった。
◇
「おはよう、ございますっ」
車の側で待っていた春海が息も絶え絶え駆け寄って挨拶する歩に目を丸くする。
「おはよ。
時間はまだ十分あるから、そんなに急がなくても良かったのに」
「い、え」
春海に気を遣ってもらいたくなくて、乱れた呼吸を整えようとしたせいで口調がおかしくなり、そんな歩の姿に春海が笑う。
「だから、早めに上がりなさいって言ったでしょう」
『HANA』から出てきた花江が呆れた口調で歩を見た。
「おはよう。
今日は歩を宜しくね」
「はーい。
責任持って預かるから、安心して」
「私、子供じゃないんだけど……」
保護者口調の二人に恨めしそうな目を向けるも、春海も花江も笑っているばかりで面白くない。そんな歩に花江が白い封筒を手渡した。
「この中にメモとお金が入っているから、後で確認して」
「あ、うん」
そういえば買い出しを頼まれていたのだったと封筒を受け取りバックをしまう。
「花江さん、買い出しってどこに行けば良いの?」
「春海は行ったことがあるのよね」
そう前置きして告げたのは車で40分程の距離にある複合施設内の生活雑貨店で、花江の言葉に春海が頷く。
「ああ、あそこね。
たまに行くわよ」
「難しい買い物じゃないからそんなに時間は掛からないと思うけど」
「……分かってる」
『歩次第ね』と言わんばかりの目線を受けて、怯む歩を励ますように春海が寄り添う。
「オッケー、オッケー。
とりあえず行ってくるわ」
「ええ、いってらっしゃい」
「い、いってきます……」
背中に添えられた手に意識を持っていかれそうになりながら、何とかそれだけ言うと車に乗り込んだ。