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第48話 おおかみ小学校 (7)

「お邪魔します……」


 おずおずと事務所に足を踏み入れた歩をソファーに勧め、来客用のコーヒーカップを取り出す。


「歩、コーヒーの砂糖は一つで良い?」

「いえ、砂糖は要らないです」

「あれ、いつも入れてなかった?」


 確認するように振り向けば、立ったままの歩が困ったように頷く。


「ブラックで飲みたくて、練習してるんです」

「じゃあ、ミルクだけで良い?」

「はい」


 大人に憧れる子供の様な物言いが逆に幼さを感じて微笑ましくなるが、そこを指摘するのは野暮だろうと聞き流した。



 三人掛けのソファーの隣に座るよう促せば、おずおずと近づき少しだけ離れて腰を下ろす。空いたスペースが自分と彼女との今の距離感に思えて、苦く笑った。

 自分からは殆ど話しかけない歩に、タケルの事情を曖昧にぼかしたまま、思い付くままにぽつりぽつりと話していった。


 ◇


 不意に震えたスマホにはっとすると、手の中からカップを解放する。


「ご、ごめんっ!今、何時!?」


 時計を見ると、最後に時間を確認してから三十分以上経っていた。随分前に飲み終えたはずのカップは僅かながら温かみを保っており、随分と長い間握りしめていたらしい。


「うわ! 本当ごめん!

 こんな時間まで引き留めるつもりじゃなかったんだけど、すっかり遅くなっちゃった!

 花江さんが心配してるんじゃない?」


「私は全然大丈夫ですから。

 あの……春海さんは、大丈夫ですか?」


 慌てる春海と対照的に落ち着いた様子の歩が春海を気遣う。その距離が物理的に少しだけ縮まっていることが何気に嬉しい。


「……ん。

 お陰で大分スッキリしたわ」


「良かったです」


 照れたように笑う表情があどけなくて、嬉しそうで……あれほど重かった心の靄がゆっくりと消えていく。

 歩の笑顔だけで十分に癒された気がするも、今それを伝えるのは折角の笑顔を消してしまう気がして、二人分のカップを持って立ち上がる。


「ありがとね、歩。

 それと、ごめんね。曖昧な事しか話せなくて」


「いえ」


 否定するわけでもなく、励ますだけでもない、ただ自分の心境を聞いてくれたお礼を伝えれば、言葉少なに答える。並んで歩く距離が元に戻った様に思えて、寂しさを覚えつつ再び施錠をした事務所を後に歩き出そうとすると、少し前にいた歩がこちらを向いた。


「あの! 私、誰にも話すつもりなんてないですからっ!」

「あぁ、うん。

 大丈夫、そこはちゃんと信用してるわよ」


 そこそこの付き合いしかない春海でも、未成年ながら歩が信用出来る人物ということは感じていたし、だからこそ、曖昧ながらも自分の弱音を打ち明けた。それでも、こうして言葉にしてくれる誠実さは素直に嬉しい。


「私、春海さんよりずっと子供だし、全然アドバイスも励ますことも出来なくて、ただ聞くことしか出来ないけど……

 もし、もし、貴女がそれを望むのなら絶対に遠慮なんかしないで下さい。

 私は………春海さんにはずっと笑っていて欲しいんです!」



「歩……」


 返事を待たずにくるりと背を向けて走り出した後ろ姿が、あっという間に見えなくなる。どこか必死で訴えかけるような歩に何と答えれば良かったのだろうと頭の片隅で考えながら、その場に立ち尽くしていた。

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