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第36話 体験イベント (5)

 コンテナ箱を組み合わせて椅子とテーブルにした即席の休憩所では幾人かの大人がお茶の支度をしている。手を洗った歩が寛太たちを座らせてから手伝おうと近づいた。


「あの、何か手伝うことはありませんか?」

「ううん、疲れたでしょう。

 座ってて良いわよ。はいお茶をどうぞ」


 春海の同僚だという山内恵が笑いながらコップを渡してくれる。お礼を言って受け取るも、自分だけ休む訳にもいかず立ち往生していると恵がテーブルの一角を指差した。


「ほら、歩さん、呼ばれてるわよ」


 恵に言われて振り返れば、寛太達が大声で歩を呼んでいた。「歩ちゃーん」と呼ばれてしまうのは慣れたものの、皆が集まった場所で呼ばれるのは恥ずかしくて仕方がない。


「お、ご指名か、良いねぇ」

「歩、モテモテだなぁ」


 大人達から一斉に向けられる台詞と生温かい目を避けるようにして、そそくさと寛太の隣に座る。小学生の中に歩一人が混じっている状況に、まるで自分も子供のような微妙な気持ちで座っていると春海がテーブルに寄ってきた。


「皆、凄く頑張ってたね!

 お芋掘り、楽しかった人ー!」


「はーい!」「まあまあー」「普通!」「疲れたー」


 正直な感想に春海が笑うと、片手のカメラを見せる。


「あはは、じゃあ皆楽しかったという事で。

 ところで、記念に写真とって良いかな? 皆、集まってー!

 ………はい、ありがとう!」


 遠慮する間もなく春海の指示が入り慌てて笑みを浮かべたが、きちんと笑えたか自信がない。そんな歩を気にすることなく、カメラをしまった春海が片手で持っていたトレイを見せるように差し出してきた。


「それじゃあ、皆が掘ったお芋を食べてみたい人!」

「「「はーい!」」」

「おー! 今度は皆返事が揃ったじゃない」


 現金な返事に春海が笑うと、アルミホイルで包まれた芋を一人一人に手渡していく。

 香ばしい匂いに興味を持つものの、さすがに小学生に混じって貰う訳にはいかず、紙コップを持ったまま春海が通りすぎるのを待っていると、寛太が「歩ちゃんはお芋食べないの?」と聞いてきた。


「私は、別に……」

「勿論食べるわよ。ね? 歩」

「え?……いえ」

「ほら、歩には大きいのをあげるから」


 春海から当たり前の様に言われて否定するも、無理矢理持たされて困惑する。春海にとっては自分も小学生と変わらないのだろうかと子供扱いされたことに落ち込むと、歩のすぐ横で春海が顔を寄せてきた。


「何落ち込んでんのよ。

 ここで遠慮したら子供たちが心配するじゃない」


 春海の言葉に周りを見回せば皆歩を見ており、春海の言葉にはっとして慌ててお礼を言う。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして。

 皆ゆっくり食べてねー!」


 去り際に「お疲れ様」と労るように微笑んで見せた春海が次のテーブルに移っていくのを目で追っていると「歩ちゃんも早く食べてみて!」と寛太が急かしてくる。


「う、うん」


 寛太に勧められてホイルを剥き、色鮮やかな赤い皮と湯気と共に香る芋の香りに誘われるように一口噛ると、しっとりした食感と、素朴ながら濃い甘味が口に広がる。その甘さに驚いて、もう一口噛りついた。


「美味しい……!」

「ねー、美味しいでしょう!」

「うん」


 口一杯に頬張りながら笑った寛太があまりにも幸せそうで、つられるように笑みを浮かべる。

 幸せな気持ちでかじった焼き芋はとても甘かった。


 ◇


「今日は参加していただいてありがとうございます」


 子供たちの保護者が集まったテーブルでは母親たちが賑やかに語り合っており、お礼を述べた後で写真の許可を求めると遠慮したものの「現像したら渡しますので」との一言が効いたらしく皆笑顔で応じてくれた。


「それじゃあいきますねー」

「あっ、ちょっと待って!

 タケルも一緒にお願いします」

「そういえばタケちゃんどこに行ったのかしら」

「タケちゃーん!」


 母親たちの声に持っていたカメラを下ろすと「いたいた」と母親の一人が離れた場所に一人でいた男の子を連れてくる。


「タケル、写真撮ってもらうんだって」


 手を引かれてきた小学生らしき男の子を囲むように母親たちが笑い、「ありがとうございました」と春海が写真を撮り終えた途端、男の子が元の場所に走っていった。こちらに背中を向けたまま一人座り込む光景に少しだけ違和感を覚えたものの、母親は気にした様子もない。


 そのまま当たり障りのない会話をしている間も男の子は座り込んだままで子供たちから仲間外れをされているのかと気になってしまう。さらに母親も一人でいることが当然という態度を崩さないので失礼を承知で訊ねてみた。


「うちの子って、そういう子なのよ」

「そういう子、ですか?」


 ピンとこなかった春海に困ったような母親のそれ以上触れてくれるなといわんばかりの態度に戸惑いながら曖昧に頷く。話題が子供の病気に移り、小児科に連れていくのがいかに大変かという話で盛り上がった頃、お開きの声が掛かった。


「最後に皆で集合写真を撮るので集まってください」


 勇太の声に皆が片付けをするため立ち上がり始める。重ねた紙コップを集めた春海も写真の支度をするため、急いで集合場所に集まった。

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