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第35話 体験イベント (4)

「それでは、本日の予定を確認します」


 気がつけば打ち合わせの輪の中にいた歩がおろおろしていると、春海に手招きされて慌てて傍に行く。


「あと10分ほどで、参加者の集合時間となります。一人ずつ名前を確認したら名簿にチェックを入れ……」


 ちらりと隣を見れば、真剣な表情の春海が手元のファイルを見ている。この体験イベントのスタッフは、大神ファイターズと白井、役場の職員二人がスタッフで、参加者は子供が二十五人、付き添いの保護者が八人、追加の歩となっている。

 注意事項とスケジュールの確認をしてからそれぞれに準備を始めた。


 ちらほらと車が集まり始め、参加者らしき親子連れが車から降りてくる。ファイル片手に受付業務を始めた春海達を見送ると芋が植えられている畑に近づいてみた。


 縦横10メートル程の畑は土の山が整然と並び、その全てが剥き出しになっている。ぱっと見た感じは、それほど広い畑とは思えない。


「これくらいなら早々と終わるんじゃないかな」

「いやいや、手掘りなら一日掛かったって無理だよ」


 いつの間にか歩の独り言を聞いていたらしい白井が隣に立つ。


「? そうなんですか?」

「この畑だけでもざっと500キロくらいの芋があるからね」

「500キロ!?」


 想像以上の数字に驚く歩に「今日全部は掘らないけどね」と白井が続ける。


「ここからここくらいまでかな」


 白井の指した部分は畑の4分の1にも満たないが、二時間という活動時間を考えるとそのくらいの面積が丁度良いらしい。目を丸くして聞いていた歩に白井が掘り方を教えてくれるらしく、二人で畑の一角に移動する。


「この土が盛り上がった所の上に、リンゴのへたみたいなものがあるの、分かる?」


 目の前に広がる並んだ土の上を見ると、確かに等間隔でへたらしきものが見える。


「これですか?」

「それが芋の蔓。その下に芋が埋まってる。そのまま引っ張っても抜けないから、ちょっと見てて」


 白井が直ぐ傍の土を手で掘っていくと、黒い土の下から綺麗な紅い芋出てくる。


「うわっ、本当だ!!」


 驚く歩に構うことなく芋の周りの土を掘り、芋を左右に動かして蔓を引っ張ると、幾つもの芋が綺麗にくっついてくる。


「直ぐ蔓を引っ張ろうとしてもなかなか抜けないから、周りを掘ってから引っ張ってみて。それと、皮が破れやすいから気をつけてね」

「分かりました」


 どうやら意外と簡単に掘れるらしく、初めて体験する芋掘りに目を輝かせた。


 ◇


「歩ちゃん!

 こっち掘ってみて」

「は、はーい!」

「歩ちゃーん、次はここね」

「ちょっ、……ちょっと待ってて!」

「ねぇ、歩ちゃん見て見て!」

「おぉー、おっきいねぇ」


 芋掘りを開始して一時間、歩の周りは大勢の子供達で賑わっており、次々と投げ掛けられる言葉に休む間もない。



 白井の挨拶で開始された芋掘りは、数名ずつ子供達に大人が一人という組み合わせで、歩とペアを組んだのは小学一年生と五年生の川本兄弟だ。人懐っこい弟と、明らかに乗り気では無さそうな兄。小さい弟の世話を押し付けられたと言わんばかりのやる気のなさに同情しながらも、結局面倒見は良いのだろう、うろうろする寛太から目は離さず、渋々ながらも気に掛ける態度が可愛らしい。


「正太君、宜しくね」

「……」


 歩にまとわりつきながら矢継ぎ早に話してくる弟の寛太に相づちを打ちつつ、兄の正太に挨拶をするとペコリと頭を下げられた。早速「ここに大きいお芋がある気がする」と寛太に引きずられるように畑の奥に行き、蔓の前でしゃがむ。


「ねぇ、ねぇ、歩ちゃん。

 お芋、掘って良い?」

「うん、最初は周りを掘るって言ってたよね……」


 白井に教わった通り、恐る恐る黒い土をどかしていくと強い土の匂いがした。それほど深く掘らないうちに紅い芋の肌が姿を現す。


「あ~! お芋!」

「凄いね!」


 宝探しのように見えてくる大きな芋に、寛太につられ歩も歓声を上げる。掘り進めていくと幾つもの芋が連なっていて、一気にテンションが上がった。教わった通りに皮を破らないよう気を付けながら周りを掘り、寛太が引き易いようにしてやった。


「あれっ? 抜けないよ」

「え? 本当に?」


 芋を不思議そうに見る寛太に代わり、歩が引っ張ってみても芋はびくともしない。うんうん唸りながら二人がかりで引っ張っていると、側で見ていた正太が見かねたように歩を制した。


「……芋の皮が捲れてる。もっと周りを掘らないと駄目だよ」

「そ、そうなの?」


 軍手をはめた正太が慣れた手つきで周りの土を深く掘り、寛太を呼んで蔓を引かせると同時に芋を動かすと、あたかも寛太が引っこ抜いた様に呆気なく地面から離れた。


「見て見て、僕が掘ったー! おっきいー!」

「本当だね!」


 大喜びで友達に見せに行った寛太を目で追いつつも、手についた土をぱたぱたと払う正太の手際の良さに驚きを隠せない。


「正太君、芋掘り慣れてるね」

「……こんなの毎年やってるから、僕たちの学年はこれくらい皆出来るよ」

「へぇー、凄い!」


 歩の素直な賛辞が良かったらしく、それ以後は歩と寛太の指導を正太がする、という立ち位置が出来上がった。徐々に打ち解け、会話をするようになった正太と、芋を掘る度に何故か友達を連れてくる寛太のお陰で歩の回りには次第に子供達が集まりだし、気がつけば大所帯となっていた。


「皆ー! 休憩ー!

 お茶にするよー! お菓子も準備してるから、手を洗っておいで!」

「「はーい」」


 集合場所から聞こえてきた『お菓子』という言葉につられるように一斉に走り去っていく子供達を見送ると、ほっとしながら立ち上がる。土を触り続けた手は泥だらけで指先はじんじんと痛み、拭い切れない汗が頬を伝っていく感触が気持ち悪い。痛む腰を伸ばしながら周りを見回せば芋の入ったコンテナが幾つも並んでいて、どうやらこの一角は全て掘り終えていたらしい。


「……いつの間にか、こんなに掘ったんだ」


 目の前の成果を苦笑混じりに呟くも、無心に続けた作業が楽しかったのも事実で吹き抜ける風が冷たくて心地良い。真っ黒になった軍手を外しながら集合場所に戻る歩に、先に行ったはずの寛太たちが走りよってくる。


「ほら、歩ちゃん、早くー」

「ま、待って! もう少し、ゆっくり……」


 歩以上に活動していたはずなのに未だ衰えない子供たちのパワーに圧倒されながら引きずられる歩の表情は困りながらも嬉しそうに笑っていた。

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