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第30話 町民体育祭 (13)

 大半の人が次の日は仕事とあって、打ち上げは二時間程でお開きとなった。歩が成り行きで最後まで片付けを手伝っていると、見知らぬ人達からリレーの賛辞を幾つも受ける。曖昧に笑ってやり過ごしたけれども、来年も走ることになりそうだ。


 玄関の人混みの中で未だに立ち止まって談笑する人の間から花江を探していると、少し離れた場所で区長の田中や数人の年配男性に囲まれ、にこやかに笑っている姿を見つけた。笑顔を浮かべるその表情に疲れが見え隠れしているのを感じ、救出に向かうことにした。


「花ちゃん、帰りは運転するから車の鍵貸して」

「ええ、分かったわ」


 会話の途切れたタイミングで声を掛けると、花江がそのままさりげなく別れの挨拶を済ませて歩の傍に来る。十分に離れた所で小さく「ナイスタイミング、助かったわ」と花江がささやいた。


「なかなか抜け出す機会がなかったのよね」

「世間話なんでしょう? 適当な所で切り上げれば良いのに」


「何言ってるのよ。

 こういう地道な努力が店の売り上げに繋がるのよ」

「うわ、しっかりしてるよ」


「あ、少し待っててくれるかしら?」

「了解。先に車にいるね」


 周りに聞かれないように笑い合いながら、車のキーを受けとると、駐車場に向かう。エンジンを掛けてしばらく待っていると、花江が寄り添うように誰かと歩いてくるのが見えた。


「歩、春海のアパート分かるわよね。

 ついでに春海も家まで送ってくれる?」

「え!? あ、うん」


「ごめ~ん! 歩、宜しくねぇ~」

「ほら、春海。しっかり歩きなさいよ」


 泥酔ではないにしろ、足元が覚束ない春海がふらふらと後部座席に乗り込んでくる。春海を支えるように花江が春海の隣に座ったのを見て、車を発車させた。


「ちょっと、本当に大丈夫? くれぐれも吐かないでよ」

「う~ん、多分、大丈夫だと思う」


「多分って何よ。

気持ち悪くなる前に教えなさいよ」


 二人のやり取りを聞きながら少しだけスピードを上げて走らせ、以前送り届けたアパートの前に停車する。非常灯をつけてギアをパーキングに入れると、いつしか静かになった車内で花江が春海に声を掛けた。


「ほら、春海! 着いたわよ。

 眠いなら家で寝なさい」

「う~ん……」


 どうやら春海が眠りかけていたらしく、のろのろと身体を起こす。その動きをもどかしく思ったらしい花江が、春海の身体越しにドアを開けた。


「歩。春海を引っ張り出してくれる?

春海ー! 起きなさーい」

「う、うん、分かった。

 ……あの、春海さん?」


 運転席を降り、半開きのドアを開けて春海に恐る恐る手を差し出すと、ぎゅっと掴まれ飛び上がりそうになった。ようやく車内から出た春海がそのままアパートに向かっていく。


「じゃあ、お疲れ~」

「春海! バック忘れてるわよ!」

「あ……あ~サンキュ」

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「だぃじょうぶ、だぃじょうぶ」


 ひらひらと片手を振りながら階段に向かう春海の足取りはとても大丈夫そうには思えず、心配が募る。


「花ちゃん。私が玄関まで送ってこようか?」

「そうね。お願い」

「あの、春海さん。バック持ちますから、ゆっくり階段を上ってください」

「だぁいじょうぶだって~、おわっ!?」

「!?」


 後を追った歩に構うことなく、階段を上ろうとする春海がバランスを崩して倒れそうになるのを咄嗟に受け止める。柔らかい身体といつもの香水が一際強く鼻に届き、自分でも驚くくらい身体が強ばる。


「あ、ごめ~ん、歩」

「い、いえ……」


 咄嗟に掴んだ左腕を離そうか迷ったものの、また同じ様にならないとは限らないし、掴まれた春海が気にする様子もない。手の平に感じる温もりと柔らかさをなるべく意識しないように春海を支え、階段の段差だけを見つめて足を進める。やっとの思いで階段を上り終え、廊下の突き当たりまで進んでから、ようやく春海が立ち止まった。


「えっと、鍵……鍵は、どうしたっけ……?」

「あ、もしかしてバックの中ですか? ここに……」


 未だにうるさい心臓の音を必死で押さえ込みながら手に持っていたバックを差し出すと、春海が中から鍵だけを取り出してドアを開ける。


「じゃあ、歩、おやすみぃ~」

「あっ!春海さん、待って! バック忘れてます!」

「あはは、サンキュ~」


 あっけらかんと笑いながら受け取ったバックをひらひらと振り回し、ドアを開けた春海が再び「おやすみぃ」と笑いかける。




「……おやすみなさい」



 ドアがきちんと閉まるのを確認して小さく返事をすると、ほっと息を吐いて蛍光灯が照らす通路を引き返す。


 硬いコンクリートの階段を下りながら、先程の感触を思い出すように自分の手をそっと握りしめた。

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