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第3話 叔母の友人 (3)

 花江が経営する『隠れ家レストラン HANA』は町の中心部から少し離れた住宅地の一画にある。その名の通り、花をモチーフにした看板が目印の個人経営の店で、元々食堂兼自宅だった一軒家を借り受けた花江が数年前に始めたレストランだ。


 ちなみに、春海の職場である『地域起こしプロジェクト』は『HANA』から歩いて三分の廃校になった中学校の一階に事務所を構えており、一番近い飲食店ということもあって春海にとっては往き来しやすい場所だ。


「会計が面倒だから」という理由で決めたメニューは、ワンコインの日替わりランチ、ディナーは二千円のおまかせのみという、二種類しかメニューのない風変わりな店にもかかわらず、値段以上のボリュームとサービスが好評で、予約制のディナーより平日のランチの方が忙しい。そんな慌ただしい日々を送るある昼下がりに、会計を済ませた最後の客を送り出した後、歩はふと違和感を覚えた。


 あるべき物が見つからず、何かが足りない気がする。不思議に思いながら何となく店内を見回し、カレンダーに視線が向かったところで違和感の正体に気がついた。



「今日、水曜日なんだ……」


 ここ最近ずっと賑やかだった水曜日が日常になっていた事に軽く驚きながら、思わず洩れた言葉にカウンターの花江が笑う。


「春海なら出張で今週は来れないって言ってたでしょう」

「!

 べ、別に、私が言われた訳じゃないもん」

「あら、春海に会えなくて、てっきり寂しいのかと思ったわ」

「そんな事思ってないから!!」


 先週の会話を確認する花江の口ぶりに思わず反論するも、目だけで笑う花江から逃げるように視線を反らす。


 二人だけの店内は小さく音楽が流れるだけで、やけに広く思えてしまいそうになる。春海が来ないなら、おそらく今日のランチは終わりだろうが、営業を終了するにはまだ早く、かといってただ客を待っているのも落ち着かない。


 カウンターでは花江がお気に入りのカップにコーヒーを淹れている。花江が休憩するのだと分かって、即座にする事を決めた。


「花ちゃん、キッチン使って良い?」

「ええ、良いわよ」


 子供の頃から“叔母さん”呼びを嫌った花江の指導により、歩が花江を呼ぶときは“花ちゃん”で、営業時間だけは、“花江さん”と呼んでいる。

 話上手、聞き上手な上におっとりした外見とは似つかわしくない大胆な行動力も備わった花江は、兄姉のいない歩にとって昔から信頼できる存在だった。


 それこそ、自分の親に言えない事ですら、打ち明けられるほどに。



 花江の許可を得てから、カウンターのキッチンに立つと、冷蔵庫から材料を選んでいく。

 薄力粉、卵、牛乳、バターと次々と並べていき、ハンドミキサー、クッキングシート、砂糖を準備すると自分用のエプロンを身に着け、ここ最近趣味として始めたお菓子作りをすることにした。


 手を動かしている間は何も考えずに済む為、ただ無心になってクッキーを作る。ひたすら材料を混ぜ合わせ、生地をこねて平らにならした生地をシンプルな丸い型で次々と穴を開けていくと、三十枚ほどのクッキー生地が出来上がった。それらを温めておいたオーブンに入れたところで本日のランチ営業時間は終了となり、外のプレートを『CLOSE』に変える。

 片付けをしていると徐々に甘い香りが店中に広がってきて、それだけで心がそわそわと騒いでくる。


 電子音が鳴るの待ってオーブンを開けると、熱風と共により強く甘い香りが溢れた。


「出来はどう?」

「ん、良さそう」


 あら熱を取るために天板から下ろしたクッキーを一枚手に取ると、熱々でまだ柔らかい。


「冷めてから食べれば良いのに」

「この食感が何となく好きなの。花ちゃん半分食べてね」

「ありがと」


 そんなやり取りをして終わった水曜日の午後は、いつもよりゆっくりと、そして何となく味気ないまま時間が流れた様に思えた。

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