表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/235

第29話 町民体育祭 (12)

「歩ー!!

 こっち、こっち!」


 部屋の端で円座になった集団の中から春海に呼ばれて近づくと、隣に座るように春海が空けてくれる。一人でいた歩を気遣ってくれたらしい春海の隣には勇太が座っていて、その僅かな隙間に入る勇気がなく少し離れて腰を下ろす。二人の間からそっと円座を見回せば、見覚えある地域起こしプロジェクトのメンバーと見知らぬ男性が幾人かいた。


「おお、今日のMVPが来た!」

「いやぁ、あのリレーは凄かったね」

「あ、ありがとうございます……」


 皆互いに面識はあるらしく親密な様子で座っており、歩にとってはアウェー感が強い。その上、自分は周りを知らないのに周りは自分の事を知っているというややこしい状況になっていた。

 口々に投げ掛けられる言葉に困って頭を下げていると、隣の勇太からコップを渡される。


「ほれ、歩。何飲む?」

「えっと、お茶で、お願いします、わっ!?」


 勢いよく注がれたお茶をこぼさないよう両手を添えると、コップの縁まで注がれてしまった。


「歩、乾杯しよう。

 はい、お疲れさん」


 春海のコップがカチンと当たり、それを皮切りに次々とコップが差し出されてくる。慣れない乾杯にそれでも全部のコップと乾杯した後、一口飲んだ。


 隣ではいつもより少し荒っぽい口調の春海がコップを口に当てている。一度着替えてきたらしく、襟足の広いシャツから見える首元の肌が赤く染まっているのがどうしようもなく色っぽくて、思わずごくりと喉が鳴ってしまい、慌てて視線をそらす。


「リレーでみせた歩ちゃんの五人抜き。まるでドラマみたいだったよ」

「そうなんですか? あの時は夢中で走ったからあまり覚えてないんです……」


 美奈の賛辞に、しどろもどろで答える。実際、花江へバトンを繋ぐまで無我夢中に走っていたため、あの時の事は殆ど覚えていない。


「さっき聞いたんだけど、花江さんも去年リレーで三人抜きをしたんだって?」

「はい。

 花ちゃんって昔から何でも出来るんですよ」

「そうなんだ。

 だけど、歩も走るの速いじゃない。高校で部活とかしていたの?」


「いえ、していません」


 誰かからきっと聞かれるであろうと思っていたからこそ、何とか平静を装い返事をするが、そんな心情に気づいたかの様に春海が「ん?」とのぞき込んでくる。


「何、聞かれたくなかった?」

「いえ……」


 アルコール混じりの春海の体温が空気越しに歩の肌に伝わり、先程の質問とは違う意味で緊張してくる身体を我慢しながら、ぎこちなく笑みを浮かべる。ふと、皆の視線が歩と春海の二人に注がれているのに気がつき、今度こそ息が止まりそうになる。


「春海さん、歩を苛めないでくれる?」

「はあ!? 誰が苛めてるって!?」


「可哀想に。めっちゃビビってるし」

「ビビってなんかないわよねぇ? 歩?」


「え!? あ!? はい……」

「ほら、無理矢理言わせてるじゃん」

「勇太~!!」


 歩の両隣で勇太と春海が言い合いを始め、どっと笑い出す観客とその板挟みになって縮こまる歩。その後再び話題が変わったことで、ほっとしつつもちらりと勇太に視線を向けた。


 もしかして、さっきは助けてくれたのかな……


 お礼を伝えるべきか悩みつつ、結局逃したタイミングは二度と訪れることはないまま、無事に打ち上げは終了した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ