第23話 町民体育祭 (6)
機械や道具がごちゃごちゃと置かれているそこは本部用のテントらしく、中にいる人達はお揃いのポロシャツと腕に腕章を着けていた。よく見れば、勇太や美奈の姿もあり、皆忙しそうに動いている。テントの後ろから手を振っている春海に会釈をすると直ぐに笑顔になり、こちらに来るよう手招きされた。普段下ろしたままの髪をポニーテールにした春海の姿が新鮮で、隣に立つだけでも別の緊張感に襲われる。
「こんにちは……」
「あれ、一人?
花江さんは?」
「花ちゃんがまだ時間があるから、その、色々見ておいでって……」
「そうなんだ。
あ、その服可愛い~
『HANA』って描いてあるじゃない」
「こ、これは花ちゃんの手作りでっ」
「へぇ、流石花江さんね」
Tシャツに気づいた春海がバックプリントを良く見ようと歩の身体に触れ、声が上擦る。暑さからではない滲んだ汗をさりげなく拭いていると目の前で大きな歓声が上がり、二人の視線が前に向けられた。
フィールドの中で行われているのは職場対抗のリレーらしく、白衣を着た人や消防士の人、何故か馬のお面を被った人が地響きをたてながら走っており、順位よりもパフォーマンスをメインにしたレースとなっている。選手が走る側から歓声と爆笑が次々と広がっていき、会場は大いに盛り上がっていた。
「こんなところを走らなきゃいけないのか……」
見知らぬ人達の前で走らなければならないことに気がついて、今更ながら再び気分が沈んでいく。逃げることなんてできるはずもなく、息苦しさを覚えながらレースを見守っていると、春海が顔をのぞき込んできた。
「どうした?
もしかして緊張してる?」
「……っ!?」
強ばった表情になっていたのだろうか、歩が言葉に詰まると、にゅっと伸びた手が両肩を揉む。
「なっ、何するんですか!?」
「いやぁ、歩ちゃんの緊張を解してあげようかと思って。
ほら、リラックス、リラックス」
「ひゃ!? 首は、駄目です!」
首筋を揉まれてくすぐったくなり悶えながら逃げると、笑いながら春海がようやく手を離した。
「遅くなって誰かに怒られる訳でもないし、そんな顔で走る必要なんてないじゃん。嫌なら引き受けなければ良かったのに」
「……」
歩自身も同じ事を思っているからこそ、春海の正論すぎる言葉に何も言い返せない。そんな歩に春海が安心させるよう微笑みかけた。
「もっと楽しみなさい、歩!」
「!?」
ポンと背中に受けた衝撃と共に投げ掛けられた言葉に驚くと、直ぐ目の前のマイクから、地域対抗リレーに出場する選手の呼び出しがかかる。
「ほら、リレーの選手呼んでるわよ。行っておいで」
「……はい」
編集所に向かおうと離れた歩に何かを思い付いたような春海の声が追いかけてくる。
「そうだ、歩」
「はい?」
「負けたら罰ゲームね」
「ええっ!?」
◇
徐々に集まり出す人達の中で緊張しながら居心地悪く待っていると、整列を促された。先頭に地区が書かれたプレートが六つ掲げられ、第一、三走者は右、第二、四走者は左に並ぶらしい。がやがやと騒がしい中で、周りにぶつからないよう気を付けながら花江の元へ行く。
「花ちゃん、私達はどこ?」
「私達は黄色のプレートよ。一番右」
花江に教えられて移動すると、右端のプレートの先頭には既に一人少女が並んでいた。首元に結んだ黄色のハチマキが見え、どうやらこの子が高校生の選手らしい。少女が歩の持っている同じ色のハチマキを見るとぺこりと頭を下げてきた。
「あ、あの、リレーの選手ですよね?」
「あ、はい」
「ごめんなさい!!」
恐る恐るという風に話しかけてきた少女に頷くと、いきなり謝られて困惑する。
「えっ、ちょっと!? いきなりどうしたの!?」
「私走るの遅くて、それなのに誰も走る人がいないからって………その、本当に苦手なんです! 多分っていうか絶対迷惑かけると思うので、先に謝っときます……」
泣きそうな表情の少女は余程自分に自信がないのだろう。区長の田中の『若い人は誰も走りたがらない』という言葉を思い出し、目の前のこの子も田中に頼まれて断りきれなかったに違いないと同情する。不安なのは自分も同じだが、それを告げたところで彼女の不安が解消される訳ではない。
自分と一つ二つしか違わないであろう少女に年上の見栄をはって、微笑んだ。
「私も初めて走るから一緒だよ。
遅くても大丈夫、気にしないで」
「で、でも……私、本当に走るの苦手で……」
「苦手なのに走ってくれるんでしょう?
凄く勇気があるじゃない」
「いえ……」
「焦らなくても良いから、転ばないように頑張ろう、ね?」
「……は、はい」
不安な表情のまま、それでもぎこちなく微笑んでくれた少女と笑い合うと、スピーカーで間もなく入場を言い渡される。靴紐をもう一度チェックして、渡された黄色のハチマキをぎゅっと結ぶと、大きく息を吐いた。
右後ろを振り返ると、隣の人と談笑している花江がいて、普段と変わらない態度が羨ましくもあり、安心もする。
「それでは第一、三走者から、入場しまーす!」
どくん、どくんと大きくなる胸の音を聞きながら、ちらりとこちらを向いた少女に手を振って送り出す。歩たちも直ぐにコールがかかり、フィールドの中に入場した。