第22話 町民体育祭 (5)
花江の運転する軽自動車に乗って、町の運動公園を目指す。この町に来て以来、一度も行ったことのない運動公園は、町の中心部から少し離れた山の頂上にあるらしく、くねくねと曲がりくねった坂道を登っていくと、目の前には広大な運動場と野球グラウンド、その周りを囲む駐車場が現れた。運動場と同じくらい広々とした駐車場は既に車で埋め尽くされているのが分かる。
「うわっ!? 広っ!!
っていうか、車がすっごく多くない?」
「まあ、場所が場所だけに、皆車で来るから、こんなものよ」
頂上に近づくにつれ道路脇も駐車場となっていたらしく、あちこちに駐車されてある車の列を見ながら進んでいくと、案内役の人が旗を持って立っている。指示に従って車を停車させ、荷物を持って外に出た。
「忘れ物無いわね」
「待って、もう一度確認するから」
朝方は涼しかったのに、昼間は季節を間違えたかのように気温が高い。念入りに忘れ物がないか確認してから更に先に見える運動場を目指して花江と歩いていく。今日は二人とも『HANA』のモチーフをバックプリントにしたTシャツをインナーの上に着ている為、はぐれてしまっても直ぐに見つかりそうだ。
「このTシャツ、花ちゃんが作ったの?」
「そう。
こんな時の宣伝用としてね。結構お気に入りなのよ」
「確かに、お店の宣伝用としては可愛いよね」
「そうでしょう。
着ていく服にも困らないし、宣伝にもなるし、一石二鳥よ」
歩が水色、花江がピンクという色違いながらも、どちらの色にも似合うデザインに、花江が自慢するのも分かる。
長い坂道を登りきった先に見えてきた会場は幾つものテントが張られ、大勢の観客で賑わっているのが遠目からでも見えた。中央の芝生では幼児達が何かの曲に合わせてダンスを披露しているようで子供向けの音楽がスピーカーから聞こえてくる。
「リレーまでまだ随分先だから、色々見て来たら?
放送で呼び出しがあったら、あの編成所に集まれば良いわ」
「分かった」
知り合いを見つけた花江と別れると、とりあえず歩き出す。競技場の側ではかき氷やフライドポテトなどの屋台が並んでいてそこらかしこで子供達が走り回っており、まるでお祭りと運動会が一緒に行われているようだ。
屋台から流れてくる匂いと割れぎみなスピーカーの音楽、甲高い子供の歓声や芝生で座り込みスマホを弄る男女。誰もが楽しんでいるこの場所に疎外感を感じ、次第に歩調が遅くなる。
歩を追い越した少女が両手を振りながら友人らしき少女に走り寄っていくのが見えた。
「………」
笑顔で歩き出す二人をぼんやり目で追いながら、いつの間にか周りを羨んでいる自分に気づく。中学時代に仲の良かった友達も連絡を取ることすらなく、今の歩には友人も知り合いも存在しない。そもそも何もかもを拒絶し逃げ出して来たのは自分で、そんな自分が他人を羨むなど間違っている。
だから、一人でも、きっと──
「……大丈夫」
辛いときおまじないのように呟く言葉を支えに、これ以上先に進むことが出来ずに引き返そうとする歩の足が止まった。
「歩ちゃん!」
顔を上げて辺りを見回す。
「歩ちゃん! こっちこっち~」
「!」
聞き間違いかと思ったその声の方を見れば、春海が大きく片手を上げて歩を呼んでいた。