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第220話 新たな年の始まり (5)

 夜中、なかなか寝つけずに部屋を出る。勝手の分からないキッチンを、あちこち探し回っていると、暗闇から光が姿を見せた。


「あゆちゃん、夜更かし?」

「ちょうどよかった。光、お茶のティーバッグ知らない?」

「お茶なら、多分ここじゃない」


 テーブルの菓子箱を開くと、何種類ものスティックが入っている。見つからないティーバッグの代わりに、無糖のコーヒーを選ぶ。


「アタシも飲みたい」

「いいよ」


 キャラメル色のスティックを受けとると、お湯を注いだ。甘い香りに、室内の雰囲気が暖かくなる。座った光につられて、なんとなく腰を下ろした。棚に手を伸ばした光が、クッキー缶を開ける。


「あゆちゃんもどーぞ。

 これとこっちがおすすめ」

「じゃあ、一枚だけもらう」

「ええー、仲良くカロリーとろうよ」

「やだ」


 厚みのあるクッキーは、甘さより塩気を強く感じる。そのまま二口目を食べはじめた歩を見て、安心したように光も一枚摘まむ。黙って食べていると、隠れるようにここでご飯を食べた記憶がよみがえる。暗い世界に置き去りにされたような静けさに、懐かしい痛みがうずきだす。


「あゆちゃん。

 来年から帰ってくるの、やめなよ」


 静かな声が、無言の時間を破いた。突然の言葉にたじろぐ歩に、真面目な顔で光が続ける。


「毎年ぎくしゃくした雰囲気になるの、疲れるんだよね。勝手にケンカすればいいって、前に言ったけど、アタシまで巻き込むのは勘弁してほしいよ。お正月くらい楽しく過ごしたいじゃん」

「……ごめん」


 料理の味がしなかった夕食を思い出して、下を向く。やがて、大げさなほどのため息が聞こえて、ますます身を硬くする。


「っていうかさぁ、アタシのこと責めたりしないの?」

「え、どうして?」


 どこか小馬鹿にした口調に、意味が分からず、目を瞬かせる。一瞬、ひるんだような光が、無視して口を開いた。


「父さんも母さんも、アタシにべったりじゃん。アタシが奪ったとか、思わないわけ?

 ……って、思わないか。そうだよね、あゆちゃんって、そんな人だもんね。ごめん、聞いたアタシが間違ってた」

「あの、光?」


 次第に投げやりな態度になっていく光が、ついにはテーブルに突っ伏してしまった。自己完結した光に訳の分からないまま、形だけでも謝罪する。


「いいの、気にしないで」


 がくりとうなだれた光が、テーブルにあごをのせた。湯気の立つカップに気がついて、頬から遠ざけると、光が力なく笑う。


「そういうとこだよ。周りに気を使いすぎだっての。

 ねえ、そんなに真面目で疲れない?」

「真面目かなぁ、考えたことなかった」

「アタシには、絶対無理。想像もできないや」


 再び考えこむ歩の姿を横目に、光がやれやれといったように起き上がる。


「あゆちゃんは、ここにいたくないから、出ていったんだよね」

「……うん」


 逃げ出した過去に触れられるのは、自分の弱さを確認されている気分になる。それでも、光の真摯な目に頷いた。


「花江叔母さんに言われたからって、いつまでもばか真面目に約束を守らなくていいんだよ。

 母さんたちには適当に用事を作ればいいし、なにかあってもアタシがいるじゃん。花江叔母さんは、母さんと仲直りしてほしいって思ってるみたいだけど、あゆちゃんは無理なんでしょう。

 帰ってくるたびに、わざわざ傷つかないでよ。

 見てるこっちがつらいじゃん」


 悔しさのにじんだ声とともに、光の目がうっすら潤んでいる。涙に気づいた光が、背中を向けた。


「なんでもない。ちょっと、興奮しすぎちゃっただけ」 

「うん……」


 光の言葉は、もっともで、自分の確執が、家族に負の影響を与えていることを嫌でも自覚する。それと同時に、光に指摘されるまで、思い至らなかったうかつさに、唇を噛んだ。


「そうだね。

 考えてみる。ありがとう」


 歩の答えに、光が焦ったように詰め寄る。


「お礼なんて言わないでよ。アタシ、酷いこと言ってるんだよ?」 

「でも、私のために言ってくれたんだよね」

「……あゆちゃんのそういうとこ、マジで理解できない」


 光が、吐きすてるように呟いて、カップに目を落とす。


「母さんといい、花江叔母さんといい、大人って、どうして自分が変わろうと思わないんだろうね。何もかも、あゆちゃんばかりに押しつけてさ」


 光は、家族想いの優しい子だ。周りを振り回しても、決して人を傷つけるようなことはしない。だからこそ、家族を悪く言ってまで歩の味方をしてくれる優しさをありがたく受けとる。


「あのね、光。

 私も、一応大人なんだけど」

「あゆちゃんはいいの!」


 理不尽な姉ひいきに、くすくすと笑みをこぼす。カップの中身はすっかり冷めてしまったけれども、心はじんわりと温まっていた。

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