第216話 新たな年の始まり (1)
クリスマスのチキンに続いておせち料理と、立て続けに流れてきたCMを、春海が呆れたように眺めた。
「冬に入ったばかりなのに、気が早いわねぇ」
温暖な高之山市では、夏が圧倒的に長い。それでも、ようやく訪れた寒さに、早々とこたつを引っ張り出した春海が、興味を失ったようにテレビを消した。
「お待たせしました」
トレイを持った歩が、春海の目の前にパウンドケーキとコーヒーを置く。ドライフルーツとナッツが散りばめられた断面はにぎやかで、春海が目を輝かせた。
「すごーい! おいしそう!」
「久しぶりに作ったから、ちょっと自信ないですけど」
「あたし好みのケーキを作ってくれたのよ。絶対、おいしいに決まってるわ」
歩が座ったのを確認して「いただきます」と、手を合わせる。ほんのり温かい生地から漂う、ラム酒の香りが食欲をそそる。ケーキ生地の甘さは控えめで、そのかわり、ドライフルーツが程よい甘さと酸味を出している。ナッツの食感も楽しく、食べる春海の笑顔がこぼれる。
「おいしい!」
「よかったです」
ほっとしたように、歩がようやく自分のフォークを取った。
「歩、自分でお店を出せるわよ」
「そんなことありませんよ」
「もう、お世辞じゃないのに」
頬を膨らませた春海が、また一口食べて、相好を崩す。春海の表情を嬉しそうに見ていた歩が、手を止めた。
「クリスマスは、本当に出かけなくていいんですか?」
初めてのクリスマスを過ごすなら、また旅行でもと考えたが、繁忙期とあって、年末はバイトがみっちり詰まっている。そんな歩の事情を汲んで、クリスマスは家で過ごそうと春海が提案していた。
「旅行は日を改めるけど、イルミネーションを観にいくつもりだし、いいじゃない」
ささやかな計画も、春海は楽しみにしてくれている。それでも、今まで他人事だったイベントを、これほど残念に思う日が来るとは思わなかった。
「そういえば、年末年始はどうするの?」
クリスマスから思いついたように、春海が話題を変えた。春海は、例年通り帰省のつもりだが、歩は、大晦日までバイトが入っている。
「一応、バイトが終わってから顔を出して、元旦には帰るつもりです」
口調は変わらないが、どこに、と言わないところが、歩の心情を表している。その一方で、律儀に家族と正月を迎えようとする態度を意外に思う。
「そっか、ちゃんと帰るのね」
「花ちゃんとの約束で、正月くらいは顔を見せなさいって言われてて」
困り顔で返した言葉にも、家族への嫌悪感をそれほど感じない。そもそも光とは仲が良かったし、以前会った歩の両親からも、娘への愛情はきちんと感じられた。それでも、歩の表情は浮かなくて、帰省を気乗りしない姿に、状況の複雑さが垣間見れた気がした。