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第214話 一歩、前へ (26)

『目的地は右方向です』


 カーナビの指し示す方向を見ると、一際大きな建物が現れた。道路沿いのフェンスには、上に黒いネットが張りめぐらされていて、ここが高校のグラウンドであることに気づく。


「おおすみ高校って、大きいのね」


 ハンドルを切りながらの声に「そうですね」と返した声が掠れている。横目で見た春海が、そっと左手を伸ばし、握りしめていた両手を包んでくれた。



 校門をくぐり、駐車場の一番端に車を停めた。青を基調とした校舎はガラス張りで、むき出しになっている配管は、それ自体がインテリアのように銀色に光っている。隣接する体育館の二階には、ガラス越しに何台ものトレーニング機器が並んで見えた。


「なんだろう、すごく高校らしくない建物ね」

「美術館って言われた方が、納得しますね」


 ありふれたイメージを覆されて、二人で呆気にとられる。気を取り直して、ショルダーバッグを抱え、降りる支度を整える。


「春海さん、本当に付き添ってくれるんですか?」


 今日にあわせて、休みまで取ってくれたことに申しわけなさを感じ、ずっと聞きたかったことを確認する。ハンドバッグを持った春海が、顔を上げた。


「最初からそのつもりだったわよ。あたしと行きづらいなら、ここで待っていようか?」

「いえ、いてくれた方が心強いです。

 でも……」

「でも?」

「……幻滅しませんか?」


 一人で校舎に入ることすら、不安しかない。今日は学校説明の予定だが、自分の過去についても話さないといけないかもしれない。なにより、情けない姿ばかり見せて、春海に嫌われないだろうか。ネガティブな感情が、まとわりついて離れない。


「歩は、本気であたしがそんなこと考えると思ってるの?」


 春海の指が、寝不足で腫れたまぶたをなぞる。 不服そうな声とは裏腹の優しい手つきが、春海の心を現しているようだ。


「ごめんなさい、思いません」 

「よかった。行こう」


 にっこりと笑った春海に励まされて、車を降りる。春海が先導するように、校舎の入り口へと向かった。


 ◇


 近代的な外観とは異なり、校舎の中は、廊下も階段も木材を多用した造りとなっていた。所々に見える柱の梁はどれも大きく立派で、見せる構造となっているらしい。隅々までの明るい雰囲気に誘われて、中に入る。コンサートホールのような入り口を見渡して、受付らしきカウンターに向かった。


「こんにちは、十時に見学をお願いしていた本多といいます。柳田先生は、いらっしゃいますか」

「見学の方ですね。今、呼びます。

 そちらでお待ちください」


 受話器を取った男性に勧められ、壁際のベンチに腰を下ろす。エントランスは吹き抜けとなっており、高い天井から青い空が見えた。まっすぐな廊下は幅が広く設計されており、オブジェにも見えるベンチが規則正しく並んでいる。掃除用だろうか、円柱状のロボットが静かに進むのを見つけて、口には出さずに驚く。無言の歩を気にしてか、隣に座った春海が小さく袖を引いた。


「案外、大丈夫かもしれません」


 気づかう表情に、小声で返す。やがて、片手にファイルを抱えた柳田が、らせん階段から降りてきた。


「やあ、おひさしぶりです」


 春海に自己紹介を済ませると、腕時計を一瞥する。時間を惜しむように、奥へと歩きだした。 


 ◇


「ここが一号館で、教室は二号館の一階にあります。まずは、そちらで話しましょう」


 一号館と二号館を繋ぐ渡り廊下の手前にはちょっとしたスペースがあり、テーブルと椅子が設置されている。


「他の高校は、見学に行かれましたか?」

「ええと、その、ここに決めようかと思いまして、行ってません。すいません、せっかく勧めてくださったのに」

「いやいや、構いませんよ」


 恐縮する歩を豪快に笑った柳田が、二人分の資料を手渡す。


「本日は学校見学ということですが、通信制でのもう少し具体的な学習内容を説明します。教室の案内は、後にしましょう。

 気分が悪くなったら、いつでも教えてください」

「はい」


 柳田が、歩の顔色を確認するように一瞥した後、表紙をめくった。

18時にもう一話更新します。

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