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第213話 一歩、前へ (25)

 駅の改札前で、ホームに向かう母と甥に大きく手を振る。それなりに連絡を取っているとはいえ、電話やメッセージとは違う、気楽で気軽な会話は、いつだって楽しい。母たちを乗せた電車を見送った後、別れの寂しさを紛らわすように、そのまま歩のアパートへと向かった。



 突然の来訪にもかかわらず、満面の笑みで歩が出迎えてくれた。すっかり定位置となったクッションを背もたれにして座ると、歩が寄り添うように座る。


「今日はごめん。

 疲れたでしょう?」


 昼間は思い至らなかったが、歩にとっては、初対面の恋人の家族との外出など、気疲れしかなかっただろう。眉を下げた春海を、歩が不思議そうに見返す。


「映画のことですか?

 楽しかったですし、全然疲れませんでしたよ」

「……そう?」


 思いがけない返事に目を丸くする。


「最初は緊張しましたけど、春海さんのお母さん、すごく優しくて話しやすい方ですね。私を何度も励ましてくれましたし。やっぱり、春海さんのお母さんだけあって、素敵な人だなって思いました。蓮くんも航くんも、好きなアニメとか色々話してくれて。私の方が、たくさん元気をもらいました」


 笑顔で続ける歩に、唇をぐっとかみしめる。少しでも油断すると、胸の奥からこみ上げる感情が溢れだしてしまいそうだ。


「どうしました?」


 春海の表情に気づいた歩が、弾かれたように体を起こす。返事代わりに首を振り、歩の胸へと抱きついた。戸惑ったような両手が、そっと背中へ回る。 


「……なんでもない」 


 明らかに困った雰囲気が服越しに伝わり、声に出さずに笑った。喉元まで出かかった感情の塊を押し込めて、笑顔を見せる。


「歩の言葉が、嬉しかったの」

「そうですか?」


 困惑しながら、一応は納得してくれたらしい。背中を支える手つきは、壊れものに触れるようで、また少し涙腺が緩みそうになる。


 ──いつか、歩を家族に紹介したい


 自分が好きになった彼女は、どこまでもまっすぐで優しい。そんな彼女を、家族にも知ってもらいたい。


 ──歩となら、きっと


 慣れ親しんだ実家のリビングを思い浮かべる。大きなテーブルを囲む家族の中に、笑顔の歩が見えた気がした。


 ◇


「春海さんのご家族って、仲がいいですね」


 話の流れで、両親や実家近くに住む兄家族のことを話すと、歩がやけに感心する。


「確かに仲はいいほうだと思うけど。

 家族で出かけるくらいは、歩もするでしょう?」


 何気なく返した言葉に、歩の表情が強ばった。何度か口を開きかけて、不自然な沈黙が流れる。


「うちは、そういうの、ないです」

「そうなの?」


 細い細い声が、ようやく返ってきた。これ以上、触れて欲しくないという雰囲気が、歩から伝わる。それでも、痛みに耐えるような表情が気になって、続きを促した。


「お出かけとか、できなかったって意味?」

「……親と、あまり、仲、よくなくて」


「分かった。

 言いづらいこと言わせて、ごめん」


 断片的でしかない言葉に、それ以上の追及を諦めた。明らかに安堵した歩が、別の話題を持ち出してくる。笑顔の裏で、先ほどの言葉を思い返した。

 歩から家族の話は、一度も聞いたことがない。ふと、おおかみ町にいた頃の遠い記憶が、よみがえった。あれは、いつだったろう。歩が『HANA』で働きだした理由を尋ねたときの、花江の言葉。


『私が無理矢理連れてきたの』


 ──もしかしたら、歩の抱えている闇は、深いのかもしれない


 思わず触れた手は、いつも通りに温かかい。無邪気な笑顔にほほえみ返すと、ほどけないよう指を絡ませた。

第75話参照

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