表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
209/235

第210話 一歩、前へ (22)

 説明会当日、歩は高之山市の学習センターへ向かった。慌ただしい毎日にも、いつの間にか季節は変わっていたらしい。朝の冷たい空気に、冬は近い。目的地の大きな建物が見えてくると、緊張でグリップを握る手に力がこもった。軽く身震いをして、ウインカーをつけた。


 学習センターの駐輪場は、玄関のすぐそばだった。駐輪場のポールを隔てた目の前を、次々と建物へと向かう人たちが歩いていく。並んで歩く親子や、スーツ姿の保護者らしき人、バックを持ったセーラー服や学ランの子たち。私服姿の人も見かけるが、皆、若い。軽い気持ちで来たものの、大人なのに保護者でもない自分に、場違い感を禁じえない。


 ──やっばり、やめようかな


 高校に通うことは思いつきではないものの、いざ現実を目の当たりにすると、こびりついた記憶に足がすくむ。このまま引き返したい衝動に駆られるも、今朝見送ってくれた春海を思い出して、ようやくヘルメットに手をかけた。


 ◇


「おはようございます。こちら本日の資料です」

「ありがとうございます」


 ぎこちなくロビーの受付に並ぶ歩に、スタッフの男性が笑顔でパンフレットを渡してくれた。すぐ隣の大会議室では、長机がずらりと並び、百席ほどある座席のほとんどが埋まっている。空席を探して立っていると、「あちらにどうぞ」と前の席を勧められた。リュックを持ち直し、身を屈めるように長机の間を進む。周りからの視線を肌で感じながら、早足で席にたどり着いた。隣に座るブレザー姿の女の子が、一瞬視線を向けてから席を詰める。俯いたまま、パンフレットを広げ、額の汗を拭った。


「ただいまより、通信制高校合同説明会を始めます」


 マイク越しのきびきびした声と同時に、目の前のスクリーンが明るくなる。スケジュールとしては、私立、公立の順に説明があり、最後に各高校の個別相談が設けられているらしい。壁際に視線を向けると、高校関係者らしき人が並んでいる。日頃にない緊張感に包まれながら、最初の紹介に耳を傾けた。


 説明会というだけあって、進路やカリキュラム、スクーリングに学費と、どの高校も丁寧に詳しく紹介してくれる。高校にもよるが、学費に奨学金を利用できることも知った。お金の問題は、案外解決できるかもしれない。


「今から十分間の休憩をとります」


 主催者の声と共に、椅子が一斉に引かれる音が響いた。急ににぎやかになる雰囲気が、授業終わりの教室と似ていて、懐かしさと同時に居心地の悪さを感じる。時間つぶしにスマホを取り出すと、春海からメッセージが届いていた。自分を気づかう内容に、大丈夫だと返す。

 ほう、と安堵の息がこぼれた。


 次々と高校の紹介は進み、ようやく最後の公立おおすみ高校となった。座りっぱなしで痛む腰を擦ってから、パンフレットをめくる。白髪の目立つ大柄な男性が、壇上に立った。学校の概要を説明し終えると、ポインターを置いて会場を見渡した。


「本日、ここに参加された皆さんは、通信制高校に興味があるか、進路の選択肢の一つとして考えている方々だと思います。また、全日制高校よりも通信制高校を選ぶのには、それなりの理由があるのだと思います」


 男性の視線に、なんとなく目が合わせづらくて、パンフレットへと視線を落とした。


「我が校の校訓や教育目標は先ほど述べましたが、私たち教師としては、生徒の高校卒業を最大の目標にしています」


「高校卒業なんて、当たり前だと思うかもしれませんが」と続けた声に、隣の女の子が軽く頷いたのが見える。


「毎年、おおすみ高校には三百人近い生徒が入学します。その一方で、三年で卒業できる人は、半数以下しかありません。通信制は、自主学習とスクーリングが中心で、授業がなく、自由であるのが、最大の特徴です。ただ、それには相応の自己管理能力が伴います。自由だからこそ、自分で学ぶ意思がないと、前には進めません。楽そうだから、という気持ちで選ぶなら、ぜひ全日制をおすすめします」


 最後の一言に、場が静まりかえる。冷えた雰囲気をものともせず、男性が、話を続けた。


「また、通信制高校における生徒の半数以上は、一度、別の高校に通われた方です。生徒の皆さんは、事情を抱えている方も多くいらっしゃいます。そのような環境で、始めから勉強をやり直すことは、非常に大変です。残念ながら、途中で辞められる方もいます。高校というのは、それほど大変な場所なのです。

 それでも、私たちは、もう一度学びたいという気持ちを持って入ってこられた方々を、一人でも多く送り出したい。だからこそ、高校卒業を目標としているのです」


「本日紹介のあった高校は、それぞれに特色があります。選択肢が多いからこそ、悩まれる方もいらっしゃると思います。たくさん悩んでください。行きづまったら、家族や友人、先生といった周りの方々に何度でも相談してみてください。

 もし、相談できる人がいないという方は、うちの学校でも面談という形で相談できます。なるべく、その方にあった高校を勧められると思います。遠慮なく声をかけて下さい。

 あなたの人生は、あなたのものです。自分に合った高校を目指し、悔いのない高校生活を送ってください」


 マイクのスイッチを切った男性が、一礼し壇上から降りる。周りから緊張感が消えていくなか、歩は、いつまでも男性の後ろ姿を見つめていた。

18時にもう一話更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ