第209話 一歩、前へ (21)
お待たせしてごめんなさい!
五話ほど更新します。
コンビニ弁当をつつきながら、スマホを眺める。
──今日と明日は会えなくて、明後日は少し遅くなる、か
たった二日会わないだけなのに、もう明後日が待ち遠しい。今までも会える日を楽しみにしていたが、明らかに会いたい気持ちが強くなっている。初めて知った温もりは、あまりにも甘美で、体も心も、どろどろに溶かされてしまった。一度、体を重ねただけで恋しさが加速するなんて、我ながら現金だと思うものの、ふとした瞬間に、昨夜を思い出しては、緩む表情筋を引きしめている。
体を重ねなくても、恋愛はできると思っていた。それでも、恋人と過ごすのに甘い雰囲気を求めるのは、仕方がないだろう。次を、と望まなくはないが、なにより今は、少しでもいいから傍にいたい。
『恋に溺れる』
そんな言葉が、自分に当てはまるなんて思いもしなかった。
箸を置くと、すっかり冷めた弁当に蓋をする。歩と離れたくないのに、どうして、このタイミングなのだろう。おおかみ町に戻ることを諦める気はないし、歩の決断を止めるつもりもない。ただ、今までそれほど気にならなかった会えない時間が、少し辛い。
「あたし、ちゃんと向こうでやっていけるかなぁ」
憂うに早すぎるひとり言は、再びのため息と共に消えた。
◇
お互いの目標が決まり、やるべき事ができたとしても、毎日は同じように過ぎていく。それぞれ仕事をこなし、休みが合えばお互いの部屋で会う。そのルーティンに公務員試験への勉強が加わった。最初、歩と会う時くらいは、と遠慮していたものの、おおかみ町の公務員採用試験まで半年を切っている。歩の強い後押しもあって、まずは春海自身を優先することになった。
「せっかく一緒にいるのに」と、ぼやく春海とは対照的に、歩は「一緒に過ごせるだけで十分です」と、満足そうに笑う。その一言に、思わず抱きしめてしまったのは、不可抗力だろう。
参考書とにらめっこしていた春海が、おもむろにテーブルへと突っ伏した。向かいあって、バイトの履歴書を書いていた歩が、ペンを止めた気配を感じる。
「……ごめん、あたしのことは気にしないで」
「春海さん、今日は仕事大変だったんでしょう。少し休憩します?」
「そうする」
立ち上がろうとする歩を制して、空になったカップを持った。時間を考慮して、薄めのコーヒーをいれながら、昼間思いついた疑問を口にする。
「歩は、公立の通信制高校は考えてないの? 高之山市には、公立の通信制高校があるのよね」
歩の力になろうと、春海自身も通信制高校について調べ始めた。ペンを置いた歩にカップを渡して、隣に座る。
「一番のネックが学費である以上、私立よりは公立の方が断然少なくてすむでしょう」
「はい。一応、考えてはいますけど……その、なんとなく、行きづらそうに思えて」
「行きづらい?」
「全日制も一緒だから制服とかあるだろうし、見てないですけど、きっと雰囲気とか……私立なら、ネット中心の授業で、あまり通わなくてもいいかなって思えて」
「……そっか」
あやふやな理由より、歩の苦しげな表情に、それ以上の会話を飲みこんだ。以前通っていた高校と重なる部分があるのだろうか、公立というだけで苦手意識を持つ姿に心配がわき上がる。言葉を探してスマホをスクロールしていると、手が止まった。
「歩、通信制高校の合同説明会があるの知ってる?」
「え、どれですか?」
「これ、見てみて」
隣に座った歩が見やすいように、スマホを向ける。開いたファイルは通信制高校に関するもので、県内にある公立、私立の通信制高校が合同で開催する説明会らしい。
「特に入場制限はないみたいだし、行ってみたら?
きっと、こういうのって参考になると思うわよ」
「……」
歩の鈍い反応に、早まったかと隣を見る。真剣な表情で画面を見つめていた歩が、はっとしたように表情を緩めた。
「そうですね、行ってみます」
「よかったら、あたしも行こうか?」
「大丈夫ですよ」
春海を安心させるように、歩が笑って首を振った。